2004年10月22日(金)「しんぶん赤旗」
台風23号は、各地でがけ崩れ、土砂災害、高波、河川のはんらんなど被害を広げました。各警察本部などによると、二十一日午後十一時までに、二十府県で計六十七人が死亡、二十人が行方不明となり、懸命の救出活動が続いています。今年日本に上陸した十個の台風の中では最大の被害となりました。過去十年間でも、最悪の人的被害となりました。日本共産党は、被災地で救援活動を行うとともに、住民と行政を激励し、要求を聞きました。
台風23号は、二十一日朝、千葉県銚子市付近から太平洋に抜け、午前九時ごろ、関東の東海上で温帯低気圧に変わりました。これまでの雨で西日本から東日本の広い範囲で地盤が緩んでいます。気象庁は引き続き警戒を呼び掛けています。
内閣府によると同日午後四時現在、約二万六千世帯に避難指示、約十七万二千世帯に避難勧告が出ています。
ことしの風水害の死者・行方不明者は、すでに二百二十人をこえ、総務省消防庁によると一九八二年の五百八人に次ぐ二十二年ぶりの最悪の記録になりました。
兵庫県豊岡市を流れる円山川では、堤防の一部が決壊。市内が浸水し、水位は一時、住民の避難先の小学校の二階まで上がりました。富山市の海岸では学生らが乗った練習用帆船が座礁。京都府では水没したバスの屋根で一夜を明かした団体客ら三十七人が救助されました。
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岡山県では台風23号による土砂崩れなどで、死者六人、行方不明一人の被害を出しました。
同県玉野市宇野の住宅地の裏山の土砂崩れで七戸が全半壊し、五人が行方不明になっていた現場では、被害の翌二十一日、午前七時半から捜索が再開されました。
同市では、がけ崩れや土砂の流出がいたるところで見られ、住民たちは二次災害におびえています。党の井上素子市議、松田達雄市議は、土砂をかたづける住民たちに土のうの袋を届け、消防団への支援を要請するなど奔走しています。
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台風23号による豪雨で、兵庫県では、この間の台風で最も甚大な被害が出ました。日本共産党の山下芳生、平松順子の両衆院近畿ブロック比例候補と中村雅宥県議団長は二十一日、洪水でかつてない浸水被害を受けた淡路島・洲本市に入り、被災者から実態や要望を聞きました。
同市では、市内最大の洲本川がはんらん。濁流に流されるなどで三人が死亡、一人が行方不明となっています。二千五百棟が床上、四千棟以上が床下まで水につかりました。
三氏は、日本共産党の高田隆安、片岡格両市議、高田良信淡路地区委員長とともに、ほぼ全戸が一、二メートルの水没で床上浸水した物部地区入り。
足の踏み場もないほど一面が泥とほこりで覆われたなか、泥だらけになって後片づけに追われる住民に声をかけ、「困ったことがあったらなんでもいってください」と励ましました。
「アッという間に一階の天井まで水がきた」という一人暮らしの女性は、「私一人では家の中の泥も出せません。店も閉まってるし、食べるものがなくて困ります。なんとかしてほしい」と苦境を訴えました。
米穀店の主人は「三十キロ入りの米袋が二百袋もだめになった。泣くに泣けへん。どこから手つけたらええか…。共産党さん、よろしく頼みます」と切々と訴え、ほとんどの商品が水につかった機械工具店の女性(46)は「二十五年ここで商売してきたけど、こんなこと初めて。被害総額を考えたら頭が痛いです。今はとにかく片づけの人手がほしい」と話していました。
三氏らは同日、直ちに市対策本部を訪れ、柳実郎市長にたいし、住民から聞き取った要望を伝えるとともに、国や県への要望を聞きました。
日本共産党国会議員団は二十一日、台風23号などによる全国的な被害状況の調査・復旧にとりくむため、穀田恵二国対委員長を本部長とする「台風・豪雨等災害対策本部」を設置しました。副本部長は仁比聡平参院議員、事務局長は高橋千鶴子衆院議員が務めます。
党国会議員団は、台風23号の深刻な被害状況をふまえ、同日朝に対応を協議。直ちに被災地に入り、地方議員や党支部・組織とも協力してとりくむことを確認しました。
近畿(兵庫・京都など)、長野県、岡山県、四国(愛媛・高知)、大分県など各地に議員を派遣することになりました。