2004年10月10日(日)「しんぶん赤旗」
北海道・後志(しりべし)地方の島牧村は人口二千百人。日本海に面した約五十キロの海岸線に七つの漁港、三つの舟揚げ場が点在します。村には、四つの簡易郵便局を含め、七つの郵便局があります。小泉内閣の郵政民営化方針に対し、不安と怒りの声が渦巻く村で話を聞きました。
北條伸矢記者
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「郵便局が民営になって採算ばかり考えるようになったら、不便なんてもんじゃねえべさ。田舎の人間は、何やるにも不便になる」
千走(ちはせ)漁港で、二泊三日の出漁から帰ってきた息子の隆徳さん(37)のイカ釣り船を前に、中山義則さん(69)が作業の手を休めずに語ります。九十八カイリ(百八十キロ)沖合いから戻ってきたばかりの船は、水や燃料を補給し、すぐに出航します。
遠くは福岡県や石川県の沖まで漁に出かける漁師にとって、全国どこでも気軽に利用できる郵便局は力強い味方です。
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十月一日に禁漁が解けたばかりのアワビの水揚げも目立ちます。日本の秋の味覚を支える漁村は、今が繁忙期です。
今年八月に「船を降りたばかり」という中山さん。「息子も一人前の漁師になった。若いもんじゃないと、冒険もしねえからな」と笑います。ただ、船を待つ身になっての感想を聞くと、物静かになりました。「やっぱ、さみしいね」
輸入水産物に押され、漁業で生計を立てるのは難しい時代ですが、「できる仕事はこれしかない。でも、日本人であれば、日本人に食わせる仕事をするのは当然だべさ」と胸を張りました。
「過疎地といっても人が住み、日本を支えてるんだ。国の責任と援助で郵便局を守ってもらわないと困る。共産党さん、頑張ってよ」
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村は今、突然持ち上がった原歌(はらうた)郵便局の廃局計画で揺れています。藤田章村長(56)は怒りを隠しません。
「八月、郵政公社が正式に廃局を申し入れてきました。民営化とかいうが、公共サービスの中で誰もが平等に受けられるのは郵便局だけです。国営が当然。廃局なんてとんでもない。『納得できない』と、書類を突っ返しましたよ」
日本郵政公社北海道支社広報室によると、「原歌局の廃局は決定したものではなく、あくまで村長さんなどのご意見を承ったものです。時期も含め、再度検討中です」とのこと。しかし、原歌局の利用者数が少ないことなどをあげ、廃局計画は撤回されていません。
村内には、集配特定局の島牧局から約七キロ離れた原歌局、同じく約九キロ離れた本目(ほんめ)局の二つの無集配特定局があります。残る四つの簡易局は、旧特定局が「格下げ」された局や、村民の利便を考えて村財政から補助を出して維持している局、村の直営局などです。島牧村では六十五歳以上の高齢者が人口の35%に達しています。信用金庫の出張所が一カ所と漁協があるものの、どの局がなくなっても、村民生活に重大な影響が及びます。
村長が続けます。
「昔からある郵便局は身近でなじみのある金融機関です。民営化になれば、へき地の郵便局は次々なくなる。近隣三町村での合併はなくなったものの、『各自治体に郵便局は一つあればいい』というのが建前だから、民営化になったら危ない」
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原歌局の前では、近所に住む升田良平さん(72)=旅館経営の漁師=と長話になりました。
「廃局は絶対だめだ。運転免許も持っていない。一日六往復のバスが通るだけだ。十二、三年前にも廃局の話が持ち上がったが、みんなでやめさせた。政府は『過疎地の郵便局はなくさない』と言うが、民営化になって二、三年たてば、どんどん減っていくだろう」
役場支所の廃止や小中学校の統合が進んだ今、郵便局は集落唯一の公的施設でもあります。小包の箱を抱えて郵便局から出てきた若山ハルさん(73)も「小樽と東京にいる子どもに魚を送ろうと思って。私らのような年寄りにも差別なく、親しくしてくれるのは郵便局だけよ」と口にしました。
升田さんは、家の奥から出してきた家系図を手に言います。
「百年以上前、祖父は石川県から移住してきたんだ。原歌局も百年を超える歴史がある。なくしてほしくない、みんなの宝物なんだ」