2004年10月2日(土)「しんぶん赤旗」
【モスクワ=田川実】ロシアで史上最多の犠牲者を出した北オセチア共和国の学校人質事件の発生から一カ月たった一日。現地ベスランは新たな悲しみと憤りに包まれました。事件の全容解明が遅れる一方、学校を占拠した武装集団が撤退を要求した隣のチェチェン共和国のロシア軍は、大掛かりな「テロリスト掃討作戦」を展開。独立派武装勢力との間で戦闘が激化しています。
手足に大けがを負いモスクワの国立小児病院で治療中のクリスチーナさん(14)は、あの日学校に侵入した武装集団の銃声を花火だと思い、級友たちと笑顔を浮かべたといいます。しかし、体育館に押し込められ死体を見せられ悲鳴を上げました。「黙れ、でないとお前らも撃つぞ」。武装集団の脅しは強烈でした。
しかし恐怖よりも「水が飲めなかったことが苦しかった」。九月三日の銃撃、爆発の開始で脱出。救護班から受け取った水を一気に二リットル飲み干しました。「違う世界にいたような三日間だった」と振り返ります。
クリスチーナさんら子どもたちの今を特集したモスコフスキー・コムソモーレッツ紙は、こう訴えます。
「いま大事なことはこの子たちを忘れないことだ。そして、病院にはすべての子どもが運ばれたわけではないことも」
北オセチア共和国当局によると、人質の総数は千三百三十人、死者は病院での死亡を含め三百三十六人。身元が未確認の遺体がまだ約五十体残っています。
ベスランでは一日も新たな葬儀がいくつも行われ、黒い喪服の遺族がひつぎに抱きつき泣き叫びました。父親の一人はロシアのテレビに、「とにかく、このひどい犯罪の責任者、助けた者、許した者、すべてを処罰してほしい」と打ちひしがれた声で訴えました。
ロシア上下両院が設置した事件調査委員会には国民から約三百の手紙と無数の電話が寄せられていますが、結論が出るのはまだ先。議会には四十四の新たな対テロ法案が提出されています。
プーチン政権は、「テロとの対決」を宣言し、強硬対応に踏み切っています。事件はチェチェン独立派武装勢力のバサエフ野戦司令官とマスハドフ元共和国大統領の指示によるものとみて、チェチェンでの軍事作戦を強めています。軍の発表では、九月だけで百人以上の武装勢力を殺害しました。
一方で、武装勢力も攻勢をかけ、ロシア側発表だけで、軍の将校や警察官ら十人以上が殺されています。武装勢力側はインターネット・サイトで「占領者(ロシア軍)」数十人を殺害したと主張しています。
悲惨な事件とその後一カ月の武力の応酬は、テロをやめさせるたたかいの必要性とともに、テロを生み出したチェチェン問題を軍事的な抑圧によってではなく、武力に頼るロシア政府のチェチェン政策の転換と平和的対応を中心にした道理ある解決の必要性を浮き彫りにしています。