2004年9月22日(水)「しんぶん赤旗」
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政府・財界は、医療制度改革で、公的保険の利く診療と保険外の自由診療を併用する「混合診療の全面解禁」や「株式会社の医療機関経営への参入」をすすめようとしています。これらが何をもたらすのか。「改革」のモデルともいえるアメリカの医療の現状にくわしい李啓充(り・けいじゅう)前ハーバード大学医学部助教授のインタビュー(下)です。
医療に市場原理を導入すると「弱者の排除」が起こります。保険会社はできるだけ病人を入れたがらないので有病者の保険加入が困難になります。健康な人用の保険料が低価格の医療保険と、病気の人用の価格が高い保険とに二極化し、無保険者が増えます。
負担の逆進性ということが起こります。条件の悪い人ほど負担が重い。大口の顧客には、医療機関が診療報酬の値引きをするのが当たり前です。しかし小口あるいは個人には値引きはしません。そうすると保険に入っている人は値引きによって自己負担も少なくなりますが、小口の顧客や、無保険者には値引きされない治療代の請求が病院から回ってきます。
たとえば虫垂炎で入院すると保険会社は病院に二千五百ドルしか払わないのに、無保険者は病院から一万四千ドルも請求されるようなことが起こります。
高額な医療費の支払いのため借金をしたところ、年利10%の高利で債務が膨らみ、ついに一生の蓄えを差し押さえられたという事態まで報道されています。医療費の負債は、クレジットカードの負債に続き個人破産の直接的原因の第二位になっています。個人破産の半分以上で医療・疾病がかかわってきています。
政府の規制改革・民間開放推進会議などは、株式会社の医療機関経営への参入を積極的にすすめようとしています。しかし株式会社による病院経営を大々的にやっているのは世界でアメリカだけです。
大きな病院チェーンがいくつかありますが経営戦略は、強引な手法で市場を寡占化することです。競争相手をなくすことを目指します。
コストを減らすための合理化で、一番のターゲットになるのはベテランの看護師です。解雇して無資格の看護助手を入れたり、不採算部門の切り捨てをします。こうやってコストを下げたうえに患者には高い請求書を回します。競争相手がいない状況をつくりだすのでそれが可能になります。
また株式会社は、株価を維持・上昇させるため常に利益率を高くあげなければならないという圧力がかかります。そのため組織的な診療報酬不正請求など法律に触れる事件が多発しています。
「日本の企業はそんなことはしない」と財界はいうかもしれませんが、在日の米国商工会が日本政府に医療分野における規制緩和を早くと陳情しています。アメリカの病院チェーンは莫大(ばくだい)な資本力をもっており、日本の病院では太刀打ちできません。
混合診療の解禁を主張する勢力は、これによって「国民の選択の幅が広がる」といいます。しかし本当にそうでしょうか。具体的な症例で考えてみたいと思います。
四十六歳のある男性がくも膜下出血を起こし、手術で一命を取り留めました。しかし、くも膜下出血は、手術して一命を取り留めても数日たつと脳血管れん縮がおこり、三割の確率で死亡したり重い後遺症を残すといわれています。
欧米ではその予防にニモジピンという薬を服用するのが標準的です。そこで家族はアメリカからニモジピンを取り寄せて使いたいと希望しました。ところが、日本では保険で認可されておらず、使えば混合診療禁止のルールに触れ、手術料からほかの入院料まですべて自己負担になってしまいます。この患者は私の弟だったわけですが、ニモジピンを使わず、結果的に不幸にして社会復帰できない重い後遺症が残りました。
では私は混合診療を認める立場かというとそうではありません。家族も私も一番怒ったのは、欧米で標準的治療として使われている薬が、日本の保険診療に含まれていないということです。
混合診療が解禁になって日本でもニモジピンが使えるようになったとします。製薬会社が大もうけをたくらんで仮に一カプセル十万円という乱暴な値段をつけたとする。一日十カプセル、三週間使うことになったら、ニモジピンが使える人は、治療のために二千万円がポンと払える人だけということになってしまいます。
混合診療を認めると、お金のない人が必要な医療を受けられなくなる不平等を制度として認めることになります。命のさたも金次第ということが起こってしまいます。
安全性と有効性が確立されている治療については、すべて保険診療にして、お金があるないにかかわらず自由にアクセスできる体制をつくらないといけません。それが筋だと思います。(おわり)