2004年7月18日(日)「しんぶん赤旗」
アラブ世界ではいま、イラク戦争後、同国でのイスラエルの影響力の拡大を憂慮する声が日増しに強まっています。実際、イスラエル諜報(ちょうほう)機関がイラクで暗躍していることは米軍関係者も証言しており、その信ぴょう性は疑いのないものになっています。
(カイロ=小泉大介)
今月三日、英BBC放送が伝えた米軍関係者の証言がいま、アラブ世界に衝撃を与えています。
証言の主は、拘束イラク人拷問、虐待の場となったアブグレイブ収容所で米軍の管理責任者を務めたカーピンスキー准将。同准将はある日収容所で見知らぬ人物を見つけたので、「あなたは通訳か」と尋ねたところ、この人物が「私はここで(イラク人の)取り調べをおこなっている。アラビア語を話すがアラブ人ではない。イスラエルからやってきた」と答えたと明言しました。
また同放送は、アブグレイブ収容所の拷問を暴露した米国人ジャーナリスト、セイモア・ハーシュ記者の「イスラエルの目的の一つは、旧フセイン体制の諜報部員から情報を得ることだった」とのコメントも伝えました。
イスラエル政府は即時に「そのような報道は断固として否定する」としましたが、同様の証言はその後も続きます。
サウジアラビア紙アルワタン八日付は、その数日前に収容所から釈放されたイラク人とのインタビュー記事を掲載。このイラク人は、アブグレイブ収容所から中部ティクリットの収容所に移送される際、「ヨセフ」「シャロム」などという名前の三人のイスラエル諜報機関員から尋問を受けたと証言しました。
アラブ紙のなかには、「アブグレイブでの拷問は、イスラエルがパレスチナ囚人におこなっているのとそっくりだ」と、米軍によるイラク人拷問にイスラエルが関与している可能性を示唆するものも多数あります。
アラブがイラクにおけるイスラエルの存在に注目するのは、イスラエルとアラブとの歴史的な敵対関係に加え、イスラエル政府が「米国のイラクでの行動の成功は、中東から大量破壊兵器除去を達成するためのモデルとなる」(シャロン首相)などとのべ、米国と一体となってイラク戦争を推進してきた経過があるからです。
ハーシュ記者が米中央情報局(CIA)関係者から得た証言によれば、イスラエル諜報機関はイラク戦争後、同国北部のクルド地区でも活発な活動を展開しています(米誌『ニューヨーカー』六月二十八日号)。
イスラエルは一九六〇年代から七〇年代にかけ、非アラブのイスラエル支持勢力を強化するため、イラク北部クルド人地域での作戦を開始。クルド人のイラク中央政府への反乱を後押しする活動をおこないました。しかし、七五年にイランがクルド人独立国家を認めない態度を表明し、米国がこれを認めて以降、イスラエルはクルド地域から基本的に手を引きました。
ハーシュ記者は、イラク戦争による旧フセイン体制崩壊後、イスラエルの最大の敵対国となったイランとシリア、そしてイラク国内のイスラム教シーア派勢力に対抗するため、イスラエルは再びクルド地域での活動を強め、クルド人武装組織の訓練などをおこなっていると指摘しています。
このイスラエルの動きは、米政権がイラク戦争開戦前にシャロン首相に対し、イラクの次はイランとシリアに「対処」(ボルトン米国務次官)すると約束していたこととも符合しています。
また、イスラエルの影響が暫定政府にまで及んでいる可能性も否定できません。フセイン元大統領らを裁く特別法廷の長官に任命されたサレム・チャラビ氏は、親イスラエルのダグラス・フェイス米国防総省政策担当次官とつながるとともに、イスラエルでも過激な入植地活動家とされる人物と、昨年夏以降、イラクでの事業立ち上げに向け接触してきたことがアラブのマスコミにより暴露されています。
イスラエルの安全保障政策が専門で、エジプト・アルアハラム政治戦略研究所のイマド・ガード上級研究員は次のように指摘します。
「イスラエルがイラクの新政府と外交、経済関係を打ちたてることによって、他のアラブ諸国との対立関係をあおり分断させることを狙っているのは明らかです。米国の占領によって初めて、イスラエルはそのための条件を直接観察する機会を得ました。さらにイスラエルはイラク国内でも、異なる勢力による分断統治を目指しています。これらの動きは、イラクとアラブ地域の将来を危機にさらすものです」