日本共産党

2004年7月12日(月)「しんぶん赤旗」

社会リポート

拘置所で死んだ息子

服薬の訴え無視され


 東京拘置所内での被告人の死をめぐって裁判が進行中です。拘置所で何が起きたのか。被告人の母親、水野寿美子さん(73)は、人権を無視した国の責任を追及するため国家賠償請求訴訟を起こしています。川田博子記者


国の責任を追及する母

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台北を訪れた水野寿美子さん(左側)と憲一さん=2000年9月(寿美子さん提供)

 長男・憲一さん(当時四十五歳、東京都立川市在住)は、二〇〇二年六月三十日未明、東京拘置所の独房内で亡くなりました。

 憲一さんは、仕事中の交通事故をめぐり「故意によるもの」と起訴され、懲役七年の判決を受けました。憲一さんは「過失」を主張し、東京高裁に控訴。事件は、控訴審の第一回公判の十日前のことでした。

不眠訴えるが…

 精神科の通院歴のあった憲一さんは十数年間、抗うつ剤等の薬を服用していました。

 控訴審を前に八王子拘置支所から東京拘置所へ移った際の「移監記録」には、憲一さんの病歴や入所時健診の診断名、服薬の内容等が記録されていました。憲一さんが東京拘置所入所時に書いた「身上報告書」にも、八王子拘置支所で服用していた薬を飲まないと「精神的に不安定になり生活ができませんのでよろしくお願いします」と記されています。

 しかし、東京拘置所は憲一さんの意思を無視して、睡眠薬以外の抗うつ剤など五剤の投薬を中止。そのため憲一さんははき気、ふらつき、不眠を訴えました。面会に訪れた寿美子さんも、従来通りの投薬継続を訴えましたが、ききいれられませんでした。

遅れた救命措置

 心身ともに大きく調子を崩した憲一さん。自殺の危険性を感じた同拘置所は、房内のシーツなどを引き揚げましたが、ぞうきんを残しました。カメラで常時監視をしていましたが、その死を阻止できませんでした。

 事件の日、夜勤職員が、自発呼吸と脈は確認できたものの意識のない憲一さんを発見しましたが、救命措置の基本である気道の確保もせずに放置。その十一分後、医師が駆けつけたときには呼吸や脈はなく、助かりませんでした。

 同拘置所は「憲一さんが自殺しようとぞうきん(四十二センチ×二十九センチ)を飲み込んだ。気道がふさがれて窒息死した」と主張しています。

 寿美子さんは「憲一は、命綱ともいえる投薬を打ち切られたために、死に追い込まれた。自分の命を守る権利さえ踏みにじる拘置所の人権無視と貧困な医療体制、国の責任を追及したい」と語ります。

 原告代理人の小林克信弁護士は「拘置所においても、身柄の拘束という拘置所の目的に反しない限り、適切な医療を受ける患者の権利は最大限保障されなければならない。むしろ、被告が心身ともに健康な状態で裁判に臨むことができるようさまざまな配慮をすべき義務が拘置所にあります。憲一さんへの投薬中止、自殺防止や救命措置の遅れなど、東京拘置所の数々の過失は明らかです」と話します。

 日本共産党の井上哲士参院議員は、二〇〇三年五月に参院法務委員会で、憲一さんの問題をとりあげて質問。法務省死亡帳調査班が調べた過去十年間の刑務所や拘置所などでの被収容者死亡事件で、憲一さんの件が他の十四件とともに「調査を続けるべきもの」とされていたことが分かりました。

 十二日、東京地裁で口頭弁論が開かれ、東京拘置所の医師や看守への尋問が行われます。


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