2004年5月28日(金)「しんぶん赤旗」
最近、労働者でありながら、「個人請負」という違法な形で働かされる人たちが増えています。職場で、他の労働者と同じ仕事をしているにもかかわらず、労働者としての権利や保護を受けることができません。
益田宏さん(42)=仮名=は、東京都内にあるB印刷会社で、印刷機にかけるためのフィルム原版が編集者の指定通りに直っているかどうかを点検する「製版点検」という作業をしています。印刷物のミスを防ぐ「最後の関門」の仕事です。
点検作業は、フィルム原版の上に最終的な編集者の直しが赤字で入った原稿をぴったり重ね、原稿を右手でめくっては戻す作業を、すばやく繰り返しておこないます。目の網膜に焼きついた映像が一瞬の保持される残像を利用して、原稿と原版に違いがあれば発見できるという仕組みです。
この仕事を始めて八年になる益田さんは、〇・三だった視力が〇・一以下に低下しました。「朝八時から午後五時まで、ひたすら同じ作業をしている」と益田さん。「目と神経が疲れ、最後は何も考えられない状態。帰りの電車に乗り間違え、反対方向にいってしまったこともしばしばです」
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益田さんは、大学卒業後、出版社で編集の仕事に従事したあと、数年間製造業の工場で働きました。リストラにあい、この仕事につきました。
益田さんが応募したK社は雇用契約ではなく、「個人請負」契約でした。K社は、B印刷の下請けで「製版点検」業務を請け負っていますが、B印刷の現場で働いているK社の社員は二人だけ。益田さんら大半が「個人請負」契約です。
益田さんの時間給は千六百円。残業手当も一時金も有給休暇も退職金もなく、労災保険も社会保険も厚生年金も雇用保険にも加入していません。
「休むときは、カレンダーに事前に記入して、早い者勝ち。休んだら無給なので、休みは取りません」と益田さん。
とりわけ不満なのは、土日が出勤になっていること。しかも、日曜の朝七時ごろに会社に電話して、その日休めるかどうかが初めてわかります。
年間約二千六百時間働き、年収四百二十万円。ところが、月約九千円の通勤定期代は自己負担。年間で十万円以上です。
妻と三歳の息子との三人暮らし。「いつまで続けられるか自信がありません。右目がかすみ、痛みもあるけど医者にいくのが怖い。入院したら入院費が払えません」
そして益田さんはいいました。「私のような働き方が広がれば、労働者を保護する労働基準法は意味をもたなくなってしまいます。労働者をぞうきんのように使い捨てるのはやめてほしい」
益田さんのように、企業と専属の契約を結び、就業する「個人事業主」が増えています。自前のダンプカーを持った運転者や、名古屋で請負代金の支払いを求めて爆発事件を起こした軽急便の運転者も「個人事業者」でした。
使用者は、一人でも労働者を雇用すれば労災保険に加入する義務があります。週二十時間以上働く労働者には、雇用保険に加入する義務、正社員の四分の三以上の労働時間がある労働者に対しては、健康保険と厚生年金に加入し保険料を負担しなくてはなりません。
アルバイトや派遣など不安定な雇用形態の労働問題に詳しい笹山尚人弁護士は「本来なら労働契約を結ぶべきところを個人請負契約にすることで使用者は月に最低でも二万円、多い場合は五万円も各種保険料負担を逃れることができるのではないか。こうした違法な働かせ方が増えるのは問題です」と話しています。
原田浩一朗記者