2004年5月7日(金)「しんぶん赤旗」
日本共産党の井上哲士議員が四月二十八日の参院本会議でおこなった裁判員法案と刑事訴訟法「改正」案にたいする質問の要旨を紹介します。
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裁判員制度は国民から無作為に選ばれた裁判員が裁判官と同じ権限で刑事裁判に関与する制度です。戦前の一時期、陪審裁判が行われたことがありますが、その後六十年以上も職業裁判官が裁判を独占してきました。
日本共産党は陪審制度の実現を主張してきましたが、裁判員制度は、戦後初めて刑事裁判に国民が参加するという点で大きな意義があります。
国民参加が求められた背景には、現在の刑事裁判の問題点があります。日本の有罪率は99%と世界でも突出しており、数々の誤判が生まれ、捜査段階で自白した被告人から無実を訴える声も絶えず起こっています。裁判員制度はこうした現状を変えるものにしなくてはなりません。こうした刑事裁判の状況をどう認識し、本法案でどこがどう変わると考えますか。
裁判員制度の意義は、国民が主権者として裁判に参加し、国民の常識を裁判に生かすことにあります。国民を付け足すだけ、いわば国民が裁判官のお手伝いをするような制度ではなく、国民こそが主人公だと言える新しい制度にしなくてはなりません。国民は裁判官のお手伝いなのか、それとも主人公なのか、政府案ではどう位置付けられているのでしょうか。
国民こそ主人公の制度とするには二つの柱が必要です。一つは国民から選ばれた裁判員の実質的な裁判参加が実現できる制度にすることです。
そのためには法律には素人である裁判員が職業裁判官の前で委縮することなく発言できる構成にしなくてはなりません。政府案は、裁判官三人、裁判員六人としていますが、裁判が職業裁判官の主導で行われ国民参加は形だけになるおそれがあります。日本共産党は裁判官は一人、裁判員は九人を提案していますが、少なくとも裁判員を裁判官の三倍以上にすることが必要ではないのか。
現状の裁判は、事前に被告人や証人を調べた調書を検察官が読み上げる形で進行することが多く裁判員には理解が困難です。裁判員が法廷で自ら見聞きして判断できる直接主義、口頭主義に改めることが必要です。
重要なのは、取り調べ過程をガラス張りにすることです。刑事裁判の長期化の要因は、自白の任意性をめぐる争いです。取り調べが密室で行われているために証拠はなく水掛け論が行われてきました。このようなことが繰り返されるならば裁判員は十分な証拠もなしに自白の任意性の判断を強いられ、裁判は長期化し裁判員制度は成り立ちません。取り調べ過程を録音、録画する可視化が必要ではないでしょうか。
裁判員が長期間仕事等を休んで参加することは不可能であり、集中的審理が必要です。そのためには早い段階で検察の手持ち証拠が開示され、集中審理のための準備が検察側、弁護側が対等にできるようにすることが必要です。ところが、政府案では現在の証拠開示を若干広げる程度にとどまっています。これでは、集中審理で真実を究明することが妨げられ、冤罪(えんざい)をつくる原因になりかねません。検察の手持ち証拠は全面開示すべきです。少なくとも証拠の一覧表は弁護士に示すことを義務付けるべきです。
もう一つの柱は、国民が参加しやすい制度にすることです。裁判員制度自体は評価しても裁判員になりたくないという声が多数です。制度が知られていないことに加え、裁判員になることに重い負担感があるからです。
とくに裁判員に懲役を伴う過度の守秘義務を課していることです。被告人や他の裁判員のプライバシーや名誉を守ることは当然ですが、判決が出た後も、自分の意見、判決の事実認定、量刑の当否について意見を述べてはいけないというのは行き過ぎです。国民に生涯の沈黙を強制することは重い負担であり、自由な論評を通じて制度への理解を広げることの妨げにもなります。衆議院での修正で懲役刑の範囲から評議の経過が外されましたが、守秘義務の範囲をさらに限定し、懲役を外すべきです。
仕事や育児、介護など休暇を取れない実態も負担感を重くしています。有給での裁判員休暇制度や裁判員就任の延期制度、託児所、介護施設の整備、休業補償などを整備すべきです。
戦前の陪審員制度の時は模擬裁判や講演会など大規模な啓発活動が行われました。施行まで啓発や準備、市民も加わった推進体制が必要です。
裁判員制度導入に伴い提案されている刑事訴訟法「改正」案では、冤罪の温床となっている代用監獄制度や保釈がなかなか認められないなど「人質司法」とも言われる刑事裁判手続きの問題点が放置されています。さらに重大なのは被告人の防御権、弁護権を著しく侵害しかねない問題点です。
一つは、開示された証拠をその審理の準備以外の目的で使用することを一律に禁止していることです。松川事件など、公開された訴訟記録を検討して真実を訴え、公正な裁判を求めることで冤罪が晴らされたことは少なくありません。目的外使用の禁止はこうした活動を妨げ裁判公開の原則にも反します。衆議院で修正され正当な理由がある場合は配慮する規定が入りましたが、禁止規定自体を外すべきです。
もう一つは、訴訟指揮権の実効性の確保の名の下に、弁護活動に裁判所が制裁権を発動する権限を新設することです。弁護人が期日に出頭しない場合等に裁判所が職権で別の弁護人を選任するとしています。しかし、弁護士不出頭が遅延をもたらした事実は二十年以上なく、仮にあっても弁護士倫理の問題として弁護士会がルールと制度をつくってきました。このような新たな措置を設ける立法事実はないのです。
日本共産党は、国民のための司法改革、国民の求める真の刑事裁判の改革を求めて奮闘する決意です。
(裁判員制度でどう変わるか)司法に対する国民の理解が増進し、信頼が向上する。裁判が迅速に行われ国民にとって分かりやすいものになる。
(裁判員の位置付け)裁判官と同等の権限を持って決定に関与し、知識や経験を共有。裁判官と協働して司法を担う。
(裁判員の人数)評議の実効性の確保などから規模には限度があり十人に至らない程度が適当。対象はとくに重大と考えられる事件であり裁判官三人による慎重な判断が必要。規模の限度内で国民の感覚がより反映されるよう六人とした。裁判長は、裁判員の発言機会を十分に設けるなど職責を十全に果たすことができるよう配慮しなければならない規定も設けた。
(取り調べの可視化)司法制度改革審議会意見でも、刑事手続き全体との関係で慎重な配慮が必要で検討課題とされており慎重な検討が必要。
(証拠開示)検察官手持ち証拠の全面開示は、プライバシー侵害など弊害が生じる恐れがあり相当ではない。証拠の標目だけの一覧表は意味がなく、内容、要旨まで記載した一覧表は検察官手持ち証拠の全面開示に等しく適当ではない。
(守秘義務について)守秘義務の対象は、評議の秘密や他人のプライバシーなどの職務上知り得た秘密。裁判の公正さや信頼を確保し、自由な意見表明を保障するために極めて重要。多額な報酬など悪質な事案も想定される。一定の場合、犯情に応じて適切な処罰が可能となるよう罰金刑だけでなく懲役刑も選択できるようにするのが適当。
(有給での裁判員休暇制度など)参加しやすくするために工夫する必要があるが、事業主側の負担、託児所などに対する需要の程度、財政事情、国民の意識等も勘案して慎重に検討すべき。
延期制度は、広く国民から公平に選ぶという制度の趣旨から慎重に検討すべき。辞退を認められた者が再度選任されることを可能とするにとどめるのが適当。
(啓発、準備)積極的かつ十分な広報活動を行うことが必要。人的、物的体制の整備等の準備が必要。
(開示証拠の目的外使用の禁止)被告事件の審理の準備など本来の目的以外に第三者に交付することが許されると、プライバシーの侵害などの弊害が拡大するおそれが大きく、かえって証拠開示の範囲が狭くなる。
現行では開示証拠の取り扱いに関する明確なルールは定められておらず、証拠の複製流出などが発生。本来の目的にのみ使用すべきことを法律上明らかにする必要がある。
支援を求めることが必要でもコピーを引用するのではなく概要を明らかにすることで目的は達せられると考えられるが、法案はそのような行為を禁止するものではない。
(訴訟指揮権の実効性の確保)審理遅延などを防ぐため期日指定や尋問等の制限などの訴訟指揮権の実効性を確保するための方策を導入する。