2004年2月21日(土)「しんぶん赤旗」
配偶者からの暴力(DV=ドメスティック・バイオレンス)防止法の改正案の骨子(別項)が参院の超党派でまとまり、今国会での成立に向けた取り組みが強められています。前進が生み出されましたが、課題も残されています。加害者更生についても積み残された課題です。一つの試みを取材しました。(矢藤 実記者)
「暴力はしませんから、妻に会わせてください」。「なぜ、会いたいのですか」。「私が癒やしてあげたいのです」
妻の立場を想定するいすに座らせて、「どう感じますか」。
「奇妙ですね、イヤな感じがする。今まで気付かなかったんですが」。暴力を振るっていた夫が初めて妻の立場に立つと見せる戸惑いです。
東京都内の研修センターの一室。十六人の参加者が集まり、加害者更生プログラムの研修会が開催されました。講師は、メンタルサービスセンター代表でカウンセラーの草柳和之さん(47)=早稲田大学講師=。講習を受けるのは、医師や研究者、民間シェルター(被害者の避難施設)を運営する人や行政の担当者、直接、加害者に向かい合っている人たちです。加害者役とセラピスト(治療者)役になり話しあいます。
DV加害者の発言や態度をとりあげ、そこに潜む問題をえぐります。暴力を振るったことを人ごとのようにいう加害者にたいして「言い方を少し変えるだけで、自分の加害性に気づくんですね」と参加者は、驚きます。
DV加害者が、人間らしさを取り戻すために必要な更生プログラムは、犯した罪に向き合い、自己の醜さを見つめ、暴力を振るった責任を厳しく問うことを通じて「人間としての誇りを持つ生き方に、世界観を変える治療と教育」が必要だと草柳さんは強調します。
メンタルサービスセンターは六年前から、DV加害者の心理療法を開発し、実践を発展させています。そのなかで、暴力克服の活動を推進しようとする専門家が増えています。
アメリカには、裁判所が更生プログラムを命令する制度があります。日本は、「女性にたいするあらゆる暴力の根絶」(男女共同参画基本計画)を掲げながら現行のDV法では、加害者に対し「指導と方法を調査、研究する」だけ。
東京都は、加害者向けパンフレットを作っています。『パートナーへの暴力ってなに』(生活文化局発行)です。「親しき中にも礼儀あり」で始まり、「対処の仕方を学び…二年間、弁護士を通じて話し合いを続け、…妻子は家に戻った」「決意すれば暴力はやめられる」と書いてあります。しかし、暴力を謝る加害者に裏切り続けられてきた被害者たちは、これでは不十分だといいます。
中途半端な加害者更生プログラムは、加害者が暴力を振るわなくするために「何が必要なのか」を抜きにして「夫と妻が互いに話し合うように勧め」たり「解決は愛こそすべて」というような内容。被害者の耐えがたい苦痛を認識しないものが多く、解決を困難にすると草柳さんは批判します。
被害者が逃げ惑わなければならない、避難した後の生活保障もない実態があるなかで、「男性の暴力は止まらない」「被害者支援すら不十分なのに加害者プログラムに公費を投入する必要はない」などの声も出ています。しかし、被害者の安全を確保するためにも、暴力の子どもへの世代間連鎖を断ち切るためにも、加害者の考え方や行動を変えるための教育、カウンセリングが必要です。草柳さんは、治療と教育を組み合わせた「実効あるプログラム」で対処すべきだと話します。
九州から参加した女性(50)は、「被害者をいくら救済しても、加害者がなくならない限りDVの根絶はできないと思います。少しでも加害者の世界観を変え、男女平等の社会をつくりたい」。加害者更生に取り組む男性(51)は、「逃げたいくらい大変ですが、講習は参考になった」と話していました。
DV加害者には女性もいるという発言もあります。しかし、被害者の95%は女性。加害者のほとんどが男性です。
暴力を振るうにいたる要因はさまざまです。その根底には、女性差別、偏見があり、身近な女性にたいする蔑視(べっし)と甘えの構造が横たわります。この暴力に対峙(たいじ)するのは、容易ではありません。困難でも、加害者更生に取り組むことなしに、暴力をなくすことはできないと感じました。
自ら進んでなんとかしたいと考えるDV加害者は、現状ではごく少数です。しかし、このようなプログラムを通して、「加害者は自分の問題を見つめ、振るまいを変える努力を徹底して当然、という社会にすべきです。暴力がなくなるまで、長い長い努力が求められていると思います」(草柳さん)。
▽「配偶者からの暴力」の定義に、身心に有害な影響をおよぼす言動を含める
▽保護命令制度の拡充(1)同伴する子どもへの接近禁止を命じることができる(2)退去命令の期間を2週間から2カ月に拡大
▽都道府県のほか市町村も支援センター業務ができるようにする
▽被害者の自立支援を明確にし、国は基本方針、都道府県は基本計画を定めることの義務化
▽国籍や障害の有無を問わず、人権を尊重する
▽3年後の見なおし
◇ 日本共産党は、昨年10月に改正提案を発表。その中で、「加害者」更生の機会の保障を求めています。
DV防止法改正案の骨子をまとめた参院共生社会調査会ドメスティック・バイオレンスプロジェクトチームとNGO(非政府組織)との意見交換会が十六日、参院議員会館で開かれました。日本共産党から吉川春子、林紀子、八田ひろ子の各参院議員が出席しました。