2004年1月28日(水)「しんぶん赤旗」
昨年十一月の総選挙で、「米ペパーダイン大卒」などの経歴でたたかい、女性スキャンダルを抱えた自民党の山崎拓副総裁(当時)を破って当選した民主党の古賀潤一郎衆院議員(福岡二区)は、自民党県議時代から民主党国会議員にいたるまで経歴詐称を続けていました。
古賀氏は、一九九五年三月三十一日に告示された福岡県議選・福岡市南区選挙区に無所属から立候補、初当選しました。地元紙「西日本新聞」三月三十一日夕刊に掲載された写真つきの立候補者一覧によると、経歴に「ペパーダイン大」と明記しています。
当選後、古賀氏は自民党に入党。九五年版「県議会便覧」(同年六月発行)には、「ペパーダイン大卒」となっています。この便覧の原稿の校正は必ず議員本人がチェックすることになっているものです。
古賀氏は、自民党県議時代、山崎拓氏の選挙も手伝い、県議再選後、自民党福岡県連青年局長などを務めましたが、任期半ばの二〇〇一年、自由党(当時)の小沢一郎党首の強い勧めで自由党に入党。同年七月の参院選に同党公認で福岡選挙区から立候補、落選しました。このときの選挙公報でも「私が歩んできた道(経歴)」欄に「ペパーダイン大」と書いています。
落選後、古賀氏は次期総選挙もにらんで、自由党福岡県第二総支部の会長に就任。同時に、小沢党首の側近、平野貞夫参院議員の「公設第一秘書」となりました。しかし、公設秘書時代に地元で選挙準備をすすめ、「公設秘書の勤務実態があるのか」と批判されたことも。
自由党が民主党と合併した昨年十月から民主党となった古賀氏は、自民党、自由党、民主党と足かけ九年間、有権者をだまし続けてきたわけで、それぞれの政党の責任も問われます。