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2022年5月15日(日)

きょうの潮流

 ときおり土砂降りの雨が降る、どんよりとした空。ふだんはにぎわう国際通りに掲げられた「日の丸」もしぼんでいました。「県民の心は鉛のように重い」。デモ行進ではそんな声も▼1972年5月15日。沖縄が本土に復帰した日の石川元平さんの記憶です。教職員組合の一員として復帰運動にかかわり、屋良朝苗・琉球政府主席の秘書も務めた石川さん。84歳になるいまも悔恨の思いを口にします▼われわれが求めたのは、核も基地もない平和な沖縄、日本の憲法のもとで人権が保障される復帰だった。琉球政府がまとめた建議書にも県民の願いが込められていた。ところが、上京した屋良主席がそれを渡す直前に自民党政権は返還協定の承認案を強行採決してしまった―▼「沖縄県民の気持ちと云(い)うのはまったくへいりの様にふみにじられるものだ。沖縄問題を考える彼等の態度、行動、象徴であるやり方だ」。へいりとは破れた履物。当日の屋良日記から憤激が伝わります▼それから半世紀。デニー知事がつくった新たな建議書にも「平和で豊かな沖縄の実現」が訴えられ、辺野古の米軍新基地建設に反対する運動は日々続いています▼最北端の辺戸(へど)岬に立つ祖国復帰闘争碑。この碑は喜びを表すためではないとして、こんな一文が刻まれています。「闘いをふり返り、大衆を信じ合い、自らの力を確かめ合い、決意を新たにし合うためにこそあり~生きとし生けるものが自然の摂理の下に生きながらえ得るために警鐘を鳴らさんとしてある」


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