2003年11月3日(月)「しんぶん赤旗」
中国誌『国際共産主義運動』(二〇〇三年第三号)に掲載された不破哲三著『歴史教科書と日本の戦争』中国語版についての吉九璋氏の書評は次の通りです。
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日本共産党中央委員会議長の不破哲三氏の新著『歴史教科書と日本の戦争』が二〇〇三年四月、世界知識出版社から出版された。不破哲三氏は一九三〇年に東京で生まれ、一九四七年に日本共産党に入党、一九六六年に日本共産党中央委員会委員に選出され、一九六九年に国会の衆院議員に初当選した。日本共産党書記局長、党幹部会委員長などを歴任し、二〇〇〇年十一月に日本共産党中央委員会議長に就任した。
『歴史教科書と日本の戦争』は、日本の新しい教科書をつくる会が編さんし、扶桑社が出版した『新しい歴史教科書』にもっぱら焦点を当てて不破哲三氏が記した批判的著作である。教科書事件は、中国、北朝鮮、韓国など多くの国の強い批判を引き起こした。日本国内の一部の人による「日本の教育問題に外国はあれこれ言うな」といった論調にたいして、不破氏は「問題の本質は外国人があれこれ言うことにあるのではない」と考えている。
なぜなら、〔扶桑社の〕歴史教科書は「日本がやったのは立派な戦争だ」と認定し、日本の子どもにそのような教育をするものであり、それは非常に荒唐無稽(こうとうむけい)であるだけでなく、きわめて無責任でもあるからだ。
アジアの諸民族のなかで植民地支配と侵略をおこなったのは日本だけである。日本人は銘記しておかなければならない。もし過去の侵略戦争を反省しなければ、アジア各国と完全にわかりあえる友好関係を築くのは難しい、と。ドイツ人が戦後、ヨーロッパで他国に信頼されているのは、同国がナチス時代の侵略戦争にたいして徹底的な反省をおこなうとともに、明確に戦争の責任を負ったからである。
不破氏は、「この点で、ドイツがヨーロッパでとった態度は、日本が真剣に学ぶのに値するところがある」と考える。日本人はまず、日本がやったのは一体どのような戦争だったのかということをまじめに明確にしなければならない。そこまでやりきるため、特に「戦争を知らない世代」に歴史の真相を知らせるためには、あれが何の戦争だったのかを一般的に論じるだけでははるかに不十分である。重要なのは、歴史の事実と経過でもってどのような戦争だったかを詳述することであり、事実に語らせることである。
彼はこの立場にもとづき、本書を三つの章に分けて、一九四一年以降の対米英戦争の歴史、日本が朝鮮を併合し、植民地支配をおこなった歴史、中国にたいする十五年にもおよぶ侵略戦争の歴史を専門に論述している。各章の後ろには関連する歴史文献資料も特に収録されており、読者にとってたいへん便利である。
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さまざまな原因のために、中国人、特に若い世代の中国人にとって、不破哲三氏が中央委員会議長を務める日本共産党はなじみのないものである。彼らは、ソ連・東欧の激変の後、先進国の共産党の力は非常に弱まったとか、一掃されてしまったとさえ思っている。
このような認識はかなり一面的である。一九二二年に創立された日本共産党は現在、四十万人あまりの党員、四十人の国会議員、四千四百人〔ママ〕の地方議員を擁しており、日本の野党第二党かつ地方議会の第一党である。過去においても現在においても、日本共産党は常に反戦の立場に立っている。
中日両国間では近年、歴史教科書事件や靖国神社参拝事件のために多くの不愉快なことが起きている。中国人は日本国内の右翼勢力の台頭に憂慮と怒りを表しており、それは完全に理解することができる。しかし、どんな時も、怒りのあまり、われを忘れるようなことがあってはならない。なぜなら、そうすれば往々にして願いと反対の結果になり、逆に、客観的に見れば日本の右翼分子を助けることになってしまうからである。
中国人は、日本国内に日本共産党のような強く大きな左翼勢力が存在していること、日本国民の良識が存在していることを知らなければならない。
まさにそうだからこそ、日本の右翼勢力が懸命に騒ぎ立てても、結局は、〔採択の〕検討に参加した全国五百四十二地区のうち、市区町村立の中学校で扶桑社の歴史教科書を採択したところは一つもなかったのである。公立の中学校では、右翼勢力のコントロールのもとにある東京都と愛媛県が管轄する六つの養護学校・ろう学校だけがこの教科書を採択した。
中学校の歴史の授業で使われる「歴史教科書」は全国でたったの五百二十一冊、全国百三十二万人の中学生の0・039%を占めるに過ぎない。これもまた、不破哲三氏の手になる本書の一読に値するところである。
(見出しは赤旗編集局)