2003年5月21日(水)「しんぶん赤旗」
あるベテランの労働基準監督官に、国会審議中の労働基準法改悪案について、労働者の働き方にどんな影響があるか、ききました。監督官は、法定の労働条件を確保するための司法警察権限をもった国家公務員です。
◇
政府は、「労働者が多様な働き方を選択できるように」と法改正の理由をあげています。しかし、もっぱら使用者のニーズにこたえ、違法を合法化する法案だといわざるをえません。
労働基準法の本質は、労働者の最低の労働基準を定め、使用者の行為を規制あるいは必要な義務を課すことにあります。
しかし、法案は「使用者は労働者を解雇できる」として使用者に原則的な解雇権を与えています。労基法の立法主旨を根底から覆すものです。
監督官は、この法案では使用者にたいし実効ある指導をすすめることができません。「使用者は〜してはならない」と使用者の義務を規定していないからです。
むしろ、訴訟上の立証責任が労働者の側に重くかかることや、安易に「解雇できる」との誤解を広げる国民へのアナウンス効果の問題があり、解雇をめぐる紛争が増える恐れがあります。
厚生労働省が配布しているリーフレット『厳しい経済情勢下での労務管理の留意点』は、最高裁判決を紹介しています。解雇が有効であるためには「客観的で合理的な理由の存在」と「社会通念上の相当性」が必要というものです。法案は現在の行政指導の内容とも異なっています。
企画型裁量労働制は、もともと対象業務の範囲があいまいなため、「対象事業場」の限定と厳格な「導入・運用手続き」によって、安易な適用を防いでいます。法案がその要件を緩和することは、ただちに安易な拡大、不適切な運用に結びつく危険性が高まります。
企画業務型は「企画、立案、調査および分析」という業務すべてを行う労働者が対象で、一つ欠けても導入できません。しかし、実際にその労働者に裁量権があるかどうかは外からは見えないので、原則本社(事業運営上の重要な決定が行われる事業場)という外形的要件が、監督指導上、重要です。
現在、行政窓口には、時間外労働手当の負担軽減を目的に、裁量労働制を導入したいという事業主からの相談がよせられています。法案によって、懸念された現実が一気に広がりかねません。
有期雇用の契約期間の延長では、現在、有期契約をめぐる判例は一年以内の契約を長期間くりかえせば、「期間の定めのない契約」とみなされます。
しかし、契約期間が延長されると、長期間働かせても更新回数が減り「定めのない契約」とはみなされにくくなり、雇い止めや労働条件の切り下げが容易になります。
同じ仕事でも、正社員と有期雇用の賃金格差はひどいものがありますから、有期雇用への転換をはかる事業主が増えるでしょう。
有期雇用をめぐるトラブルが多いことから、厚生労働省は「指針」をだして、雇い止めは一カ月前に予告するなどの指導をしています。しかし、罰則がないため強制力がありません。この指針の内容を罰則付きで法に盛り込むことこそ必要です。