2003年5月20日(火)「しんぶん赤旗」
十九日の参院本会議で日本共産党の市田忠義書記局長が行った有事関連三法案に対する代表質問(全文)は次の通りです。
私は日本共産党を代表して、武力攻撃事態法案ほか二法案、いわゆる有事関連三法案について質問します。
有事法制は、いうまでもなく、わが国の進路、国民の生命と安全、基本的人権など、憲法の平和・民主の原則に大きくかかわる重要法案であります。したがって法案への賛否は別にして、徹底した審議を行うことが不可欠であります。しかも、海外での武力行使に道を開く、この法案の本質が明らかになるなかで、国民のあいだの反対や不安の声は、大きく高まりつつあります。
またこの間政府は、地方自治体にたいして法案の説明を行ってきましたが、その説明によって自治体の不安・懸念は解消するどころか、ますます拡大し、「慎重審議」を求める自治体の数は、周辺事態法の際の倍に広がっています。ところが衆議院で修正された本法案は、修正について、国会での審議も、国民的な議論も、一切尽くされず、憲法にかかわる重大な問題点はなんら解決されないまま、本院に送付されてきました。
したがって、本院においては、衆議院の轍(てつ)を踏まず徹底的な審議を行うこと、これこそ本院が「熟慮の府」として国民に負託された期待にこたえる道であることを、まず強調しておきたいと思うのであります。
第一に、本法案の最大の問題は、「日本への武力攻撃から国土・国民を守るため」との装いをほどこしながら、その本当の目的が、アメリカが行う戦争に、わが国を本格的に参戦させ、海外での武力攻撃に道を開くものであるということです。
武力攻撃事態法案は、「わが国に対する外部からの攻撃」に対処するためのものとされています。しかし、そこでいう「わが国」とは、日本の領土・領空・領海だけに限定されてはいません。福田官房長官は衆議院での答弁で、「わが国」とは、公海上にあるわが国艦船も含まれることを繰り返し言明してきました。また、石破防衛庁長官は、これらに対する組織的・計画的な攻撃を武力攻撃事態と認定し、法律を発動することを本法案は「排除していない」ことも明らかにしました。
これでは、いまテロ特措法にもとづいてインド洋に派遣されているイージス艦も「わが国」となります。周辺事態法にもとづいてアジア・太平洋地域に派遣される自衛艦隊も「わが国」になります。しかも総理は、わが国艦船の展開する公海には地理的な限定はないことも、衆議院において言明されました。法律上はまさに、世界中が「わが国」になるのではありませんか。そして、そこが危ない、そこへの武力攻撃が予想される事態だと判断すれば、世界中どこであっても有事法制が発動されるということになるのではありませんか。
「周辺事態法」では、自衛隊は、海外に出て、公海上で米軍への兵たん活動を行います。しかし建前の上では、もしそこが戦闘地域になりそうな場合は米軍への支援を中止し、部隊を撤収することになっています。武器・弾薬の提供もできません。さらに、米軍支援を国民や自治体に強制することもできません。これは、これまでの政府答弁でも明らかであります。
ところが本法案では、米軍支援の内容は法律上、何の制約もありません。同じひとつの事態を、「武力攻撃予測事態」と読み替えることで、これらの制約を一気に突破しようというのではありませんか。もしそうでないというのなら、今後制定される予定の米軍支援法制では、どのような制約を設けるつもりですか。明確な答弁を求めます。
本法案にもとづき「周辺事態」を「武力攻撃予測事態」と認定した場合は対処措置が発動され、「自衛隊の防衛出動待機命令による動員」、「自衛隊による物資の収用・陣地の構築など戦闘体制の確立」、「自治体や指定公共機関などの動員」、「アメリカ軍への協力」などがいっせいに動き出すことになります。わが国のこうした対応は、相手国の軍事的対応をさらにエスカレートさせることになりかねないではありませんか。それともそんなことは絶対に起きないといえるのですか。
第二に、アメリカの先制攻撃についてであります。
世界の安全保障を取り巻く環境は、本法案が提出されたときとは大きく変化しました。それは、アメリカが、先制攻撃戦略を公言するだけでなく、実際にイラクへの先制攻撃を行ったこと、世界の平和のルールが根本から踏みにじられたことによります。政府は、アメリカの無法で非人道的な侵略戦争を真っ先に支持しましたが、これが憲法九条を持つ国の政府がとるべき態度でしょうか。今、世界の平和と安全にとって大事なことは、アメリカの先制攻撃戦略をやめさせることに全力を注ぐことであり、それを支持したり、後押しすることであってはなりません。総理の見解を問うものであります。
ところが石破防衛庁長官は衆議院での審議において、アメリカが他国を先制攻撃した場合でも武力攻撃事態法が発動されるのかと聞かれて、原因が何であるかに関係なく、「事態」が認定されたら「発動」すると述べました。これは国連憲章を公然と踏みにじるばかりか、二十世紀にアジアの国々を侵略したわが国の歴史的責任も省みない、重大な発言であります。
総理、後方支援なしに先制攻撃戦略の発動など容易にできるものでないことは、さきのイラク戦争へいたる経過からも明らかです。先制攻撃の戦争に武力攻撃事態法案を発動することは、アメリカに、先制攻撃への後顧の憂いをなくさせ、逆にそれを誘引し、ひいては日本をその戦争に参戦させることになってしまうのではありませんか。そうならない保証はどこにあるというのですか。
第三に、本法案のもうひとつの重大な問題点は、以上述べたようにアメリカの行う無法な戦争支援のために、国民を強制動員する仕組みをつくろうとすることであります。衆議院における修正で基本的人権の尊重を明記したといいますが、もともと国民に戦争協力を罰則つきで強制する―人権を抑圧するところに有事法案の本質があります。首相に強大な権限を集中し、地方自治体や指定公共機関を思いのままに動かし、戦争への協力をしないものを、犯罪者として罰を加えるなど、国民を無法な戦争に強制動員するという点については、修正は一切加えられていないではありませんか。それとも総理、修正によってこれらが変化したといえますか。
最後に、日本がアメリカとともに海外で武力行使を行う、戦争をしない国から戦争をする国へと変ぼうする、ここに本法案の本質があることに、アジアの中からも深刻な不安が表明されています。本法案が衆議院有事特別委員会で採決された十四日、韓国の国会議員三十人がアピールを発表しました。
アピールは「有事法制はその影響が日本国内に限定されるものでない」「有事法制が過去のアジア諸国家と国民たちに大きな痛みを与えた不幸であった戦争の歴史を再演しうる」と、深刻な憂慮を表明し「有事法制の通過は直ちにアジアの軍事、安保環境を悪化させる十分な契機になる」との懸念も示されています。そのうえで、「平和憲法の精神をもう一度考えてください。一瞬の誤った判断で世界の人々を戦争の苦痛に追いやった不幸であった歴史をもう一度考えてください」と訴えています。私は隣国の国会議員のこの心からの声明にふれて、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という憲法前文をあらためて思い起こすものであります。
本院での徹底的な審議を通じて、わが国民だけにとどまらず、平和と友好を望むアジアの人々の期待にもこたえ、本法案を廃案にすることを強く求めて、私の質問を終わります。
日本共産党の市田忠義書記局長の参院本会議の代表質問に対する、小泉首相の答弁は次のとおりです。
【公海上にあるわが国艦船に対する武力攻撃が、わが国にたいする武力攻撃と認められる場合について】「わが国にたいする武力攻撃」とは、基本的には、わが国の領土・領海・領空にたいする組織的・計画的な武力の行使をいうと考える。
公海上にあるわが国艦船にたいする攻撃も、「わが国にたいする武力攻撃」に該当する場合もあるとは考えるが、これに該当するかどうかについては、個別の状況に応じて慎重に判断する。いずれにしても、わが国による措置は、憲法および国際法の枠内で行われるものであり、「世界中どこであっても有事法制が発動される」との指摘は当たらない。
【周辺事態と武力攻撃事態が併存する状況での対処措置について】複数の事態が同時期に発生したり、一つの事態が次第に拡大するなどにより、武力攻撃事態と周辺事態とが併存することはありうる。その場合であっても、両者はそれぞれ別個の法律の判断にもとづくものであり、おのおのの法制にもとづいて、対米措置を実施するというのが考え方の基本だ。
武力攻撃事態においては、米軍がわが国を防衛するために行う行動が円滑に行われるよう、物品・役務の提供などを想定している。具体的には、事態対処法制の整備のなかで検討していく。
【武力攻撃事態における日本の対応が、相手国の軍事的対応をエスカレートさせる恐れについて】武力攻撃事態等は、わが国自体に対する武力攻撃が発生し、またはその危機が差し迫っている場合のことだ。この場合におけるわが国の対応は、相手国の動向に応じて、わが国を防衛するために実施するものだから、相手国の軍事的対応をエスカレートさせる恐れがあるとの指摘は当たらない。
【米国のイラクへの軍事行動等の政策について】米国の国家安全保障戦略には、米国が脅威に対して先制的に対処するために必ず武力を行使するとしているわけではなく、先制を侵略のための口実としてはならない旨が明記されている。イラクへの武力行使についても、安保理決議を根拠としたものであり、わが国として支持したところだ。
【米国の先制攻撃と法案の適用について】武力攻撃事態の認定は、わが国にたいする武力攻撃の発生に関して、わが国が主体的に判断するものだ。ご指摘の、米軍による先制攻撃とは、いかなる状況か明らかではないが、いずれにせよ、わが国が他国への先制攻撃に加わることはありえない。
【地方自治体・国民の戦争動員について】地方公共団体等にたいする内閣総理大臣の権限は、包括的に与えられるものではなく、今後個々の法律において、その要件等を具体的に定めることとしている。武力攻撃事態等においても、基本的人権が尊重されなければならないことは言うまでもなく、法案は国民を無法な戦争に強制動員するとの批判は当たらない。