2003年5月9日(金)「しんぶん赤旗」
働くルールを壊す労働基準法と労働者派遣法の両改悪案が国会で審議中です。財界の意向にそって小泉内閣が強力に推進してきたもので、早期成立をねらっています。できるだけ安い賃金で必要な時に必要なだけ労働者を使おうという、労働者使い捨て法案―絶対に許すわけにはいきません。
労働法制改悪が強行されれば、財界・大企業は大もうけ、労働者・国民は大損失となります。労働者の懐からどのくらいのお札が消えていくのか。試算によると、三十三兆円という途方もない巨額にのぼります。
労働基準法改悪で裁量労働制が拡大されれば、ホワイトカラーのサービス残業(ただ働き)が裁量労働の名前で合法化されます。
政府統計による推計で二〇〇〇年の労働者一人当たりのサービス残業の時間は、三百三十五時間。一時間当たりの賃金を計算し、残業代に換算(25%割増)すると二千六百八十六円です。これにサービス残業の時間をかけた八十九万九千八百十円が、労働者一人の年間の“ただ働き”額です。
ホワイトカラー労働者は、全国に二千二百十一万人います。全体のサービス残業が合法となれば、十九兆八千七百六十八億円(八十九・九万円×二千二百十一万人)を企業が丸もうけできます。
派遣労働と有期雇用の拡大で、安上がりな不安定雇用労働者に置き換えることも狙われています。
いま一番、不安定雇用労働者の割合が高いのは、若年労働者です。十五歳から二十四歳の年齢層でみると、実に43・5%が、アルバイトなどを含むパート労働者です。この割合が、すべての年齢層にひろがったと想定すれば、不安定雇用労働者は七百四十七万人増える計算です。
パート労働者が正規労働者並みに働くとして、パートの平均賃金で計算してみると、パート労働者は正規労働者より年間百七十七万円(月十四万七千七百円)も安い賃金で働かされますから、増加分の不安定雇用労働者分をかけて、年間で、十三兆二千二百十九億円が企業のもうけとなります。(以上は、ジャーナリストの篠塚裕一さんの試算。『労働運動』〔新日本出版社〕三月号で詳報しています)
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労働基準法、労働者派遣法など労働法制改悪法案について政府は、「労働者一人一人が主体的に多様な働き方を選択できる可能性を拡大する」(坂口力厚労相、六日の衆院本会議労基法「改正」案の趣旨説明)と、「労働者のニーズ」であるかのような説明をしていますが、この規制緩和の仕掛け人は財界です。
今回の労働法制の規制緩和は、“内閣総理大臣のリーダーシップの下、官民あげて規制改革問題にとりくむ”体制として内閣府に設置された総合規制改革会議(二〇〇一年四月設置)がトップダウンで押しつけてきたものです。
二〇〇二年十二月、同会議が「規制改革の推進に関する第二次答申」を出し、そこに示された具体的施策を最大限に尊重する旨の閣議決定(十二月十七日)により、政府の正式方針となりました。
このなかの「就労形態の多様化を可能とする規制改革」で、(1)派遣就業の機会拡大(2)有期労働契約の拡大(3)裁量労働制の拡大を取り上げました。「新しい労働者像に応じた制度改革」では、労働基準法の「改正」として、裁量労働制への労働時間規制の適用除外や解雇基準・ルールの法制化をうちだしました。これが今回の法案のベースになったのです。
総合規制改革会議の委員は十五人いますが、議長を含む十人が企業代表で、労働者の代表は一人もいません。(表参照)
総合規制改革会議委員 企業代表が15人中10人 | |
議長 | |
宮内義彦 | オリックス会長兼グループCEO |
議長代理 | |
鈴木良男 | 旭リサーチセンター社長 |
奥谷礼子 | ザ・アール社長 |
河野栄子 | リクルート社長 |
佐々木かをり | イー・ウーマン社長 |
高原慶一朗 | ユニ・チャーム会長 |
古河潤之助 | 古河電気工業社長 |
村山利栄 | ゴールドマン・サックス証券会社調査部マネージング・ディレクター |
森 稔 | 森ビル社長 |
安居祥策 | 帝人会長 |
財界の描く「二十一世紀戦略」、とくに雇用戦略をまとまった形であらわしたのが、日経連(現日本経団連)が一九九五年五月に発表した「新時代の『日本的経営』」です。
このなかで日経連は、“グローバル化のなか国際競争に日本の企業が生き抜いていくためには、高コスト構造を変えていかなくてはならない”と主張。終身雇用制と年功賃金制を廃止して、長期雇用はごく少数にして、圧倒的多数の労働者を不安定な雇用形態の労働者に置き換えていく雇用戦略を描きました。
具体的には、労働者を三つのグループに分け、(A)企業の核になる一握りの「幹部候補生」、(B)企画、営業、研究開発などの専門部門労働者、(C)それ以外の一般労働者。派遣労働者、パート、アルバイトとします。「期間の定めのない雇用」は(A)だけで、(B)も(C)も景気変動に柔軟に対処できるように使い捨てていくという、財界・大企業にとってきわめて虫のいいものです。
財界は、この戦略にそってくりかえし政府に労働法制の規制緩和の要望を提出してきました。
日本航空 兼子勲社長
新たに採用する客室乗務員は契約社員にするなど、雇用システムを改革するなかで生産性をあげてきました…今年で十年目になりますが、その間に一生産当たりのコストは38%も下がりました。人件費全体としても48%下がりました。(『毎日エコノミスト』01年6月19日号)
日本経団連 柴田昌治副会長(日本ガイシ会長)
短時間就労、在宅勤務、有期雇用などの多様な働き方や雇用を工夫し、これらを自社にとって最も適切に組み合わせるという考え方である。これによって景気変動に柔軟に対処して、雇用コストを効率化、軽減していく…。(日本経団連発行『経済Trend』03年2月号)
(※肩書はいずれも当時)
空前のリストラ、人減らし、賃下げが横行し、労働者・国民の不安が大きく広がるなか、日本共産党は、労働者が安心して働ける社会にするために、労働のルールの確立を一貫して主張し、対案を示してきました。
昨年十二月には、「無法なリストラや解雇から雇用と人権を守り、安心して働くことができるルールの確立を」を提案しました。(1)不当な解雇・人員整理を社会的に規制し、労働者の雇用と人権を守る「解雇規制・雇用人権法」の制定(2)雇用を増やすためにも、サービス残業の根絶・長時間労働の是正(3)失業者に仕事と生活保障を、失業者対策臨時措置法の制定―を提唱しています。
二〇〇〇年三月には、党国会議員団が労働者保護と雇用の確保・拡大のために「企業組織再編にともなう労働者保護法」「解雇規制法」「サービス残業根絶特別措置法」の三法案を衆議院に提出しました。
分社化や営業譲渡などの企業再編を利用したリストラの禁止や正当な理由のない解雇の禁止を要求し、雇用についてのルール確立することは政治の緊急課題と訴えました。また、サービス残業(ただ働き)を企業にとってやり得にさせず、発覚すれば高くつくようにするなど、サービス残業を法律で根絶しようというものです。
また、低賃金、無権利の派遣労働の拡大に反対し、九九年四月、党国会議員団が「派遣労働の拡大による正規雇用の破壊を許さず、派遣労働者にも一般労働者と同じ権利の確立を」との「労働者派遣法」改正案を発表しています。
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契約社員の健太さん・20代 いまの賃金じゃ、結婚はおろか一人暮らしもできない。契約が更新されるか、わからないし。早く正社員になりたい。 |
契約社員など有期雇用契約の上限を現行一年から三年に延長し、「高度な専門業務」などは現行三年を五年に延長する。
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健太さんのように悩む人を労働者の大多数にしようというのが、「有期雇用契約の上限延長」です。
本来、雇用契約は労働者が安心して生活できるように、「期間を定めない」契約で、正社員にするのが原則です。契約社員やパートなど「期間の定めのある」(有期雇用)契約は例外です。
均等待遇が確立されていない日本では、有期雇用労働者の賃金は同じ仕事をする正社員の七―四割と、不当に低く抑えられています。
企業は、正社員を減らして、低賃金で使い勝手のよい有期雇用を多数にしたいと考えていますが、現行法の一年では労働者が十分に仕事をおぼえられないなど、事業の遂行に支障があります。
三年契約を結べば、企業は必要な労働者を必要な期間確保することができます。一方、労働者は退職の自由を奪われることになり、途中で辞めると契約不履行で損害賠償責任を請求される可能性が生じます。
とくに、懸念されるのは新卒若年層への影響で、若年定年制の復活になりかねません。新規採用を正社員から有期雇用に切り替えて、三年後の正社員登用をちらつかせれば、安い賃金で正社員並みに働かせることができます。労働者は、毎日が採用試験という状況に追い込まれ、無理な働き方を強いられることに。しかも、三年後に採用される保障はなく、更新か雇い止めかは、企業の自由です。女性の場合、正社員を望めば契約社員の間は、結婚や出産をあきらめざるを得なくなるでしょう。
パートタイマーのまり子さん・40代 2カ月更新だから、雇い止めされるんじゃないかといつも心配。契約期間を延ばしてほしい。 |
まり子さんのような短期の契約を更新されている労働者の共通した心配ですが、法案はこれを解消するものではありません。三年はあくまで上限であって、そうしなければならないという意味ではないからです。契約期間を数カ月にするか一年にするかは、労働者ではなく使用者の判断です。企業にとって有能で必要な人材なら長い契約期間にするが、そうでない場合は必要なくなったらすぐ雇い止めができるよう、短期契約となるでしょう。
もう一つ、悪いことに、労働者のたたかいが切り開いてきた成果が切り崩されかねないことです。有期雇用でも、契約更新が繰り返されると「定めのない雇用」とみなされて、使用者は簡単に首を切ることができなくなっています。ところが上限が三年になると、六年間働き続けていても更新は一回ですから、「定めのない雇用」とみなされなくなってしまいます。
就職活動中の大学生・みどりさん 派遣で働けば、大企業で働けるし正社員になる道もあるといわれたけど、派遣ってどんな働き方なの? |
(1)派遣労働者の派遣期間の上限を現行一年を三年に延長し、専門業務は現行三年を無期限にする。(2)製造業務に派遣を解禁する(当面派遣期間は一年)。
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正社員の募集が減っているため、みどりさんのようにやむなく派遣労働者になろうとする学生が増えています。派遣労働は、派遣会社のテレビ・コマーシャルがふりまく華やかで気楽な印象とは異なり、有期雇用以上に無権利で不安定な雇用形態です。
戦後の労働法は、労働者を実際に指揮命令するものに使用者としての全責任を負わせる「直接雇用」を基本原則としてきました。派遣労働は、この原則を解除した例外的な雇用形態です。
労働者と雇用契約を結んだ派遣会社が、企業に労働者を「貸し出す」しくみの派遣労働は、労働者を実際に働かせる企業が雇用者責任を負わない「間接雇用」です。
そのため、企業は気に入らない労働者を差し替えさせたり、契約の一方的解除、派遣料の値切りなど、労働者を物品レンタルのように扱っています。
派遣会社は「お得意先」の企業に対して「人件費は正社員の半分以下ですむ」などと売り込んでいるのが実態です。
法案の「派遣労働の延長、拡大」は、企業が正社員の仕事を低賃金で無権利の派遣労働者に置き換えやすくします。これまで禁止されていた製造業務が解禁されると、対象労働者は八百万人に及び、正社員の派遣代替が大規模にすすむことが避けられません。常用雇用の代替を防ぐため「臨時的、一時的」な業務に限定する、という労働者派遣法の基本的立場を否定するものです。
大企業の正社員浩一さん・30代 仕事量が増え、月70時間はサービス残業がある。働いた分はちゃんと払ってほしい。 |
企画業務型裁量労働制の導入対象を原則本社の制限を廃止する。導入手続の要件は、労使委員会の全員一致を八割の賛成にするなど大幅に緩和する。
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浩一さんの願いに応えるどころか、ホワイトカラー全体に企業犯罪であるサービス残業を合法化するのが、「裁量労働制の拡大」です。
裁量労働制は、八時間労働制の原則を崩して、実際に働いた時間に関係なく労使が事前にきめた“みなし時間”分の残業代だけを支払う制度です。たとえば、月九十時間の残業をしてもみなし時間が二十時間なら、七十時間分を請求することができなくなります。
「仕事を早く終えればすむ」と思うかもしれませんが、労働者がいくら効率を上げても使用者側は残業代を支払わずにすむのでどんどん仕事量を増やし限りない長時間労働に追い込んできます。
本来、残業はさせてはいけないもので、やる場合はペナルティーとして割増賃金の支払いが義務付けられています。裁量労働制はその支払い義務を免除するので、いっそうこの傾向が強まるのです。実際多くの企業では、一人あたりの仕事量が増えており、結果、精神疾患や過労死の不安が高まっているほどの長時間労働が横行しています。
裁量労働制は問題が多いため、あくまで例外的な働き方で、導入する場合、仕事の手段や時間配分の裁量権が労働者にあるなど、さまざまな前提条件が必要です。
法案がねらう企画型裁量労働制の拡大は、条件の要である“原則本社”に限っていた制限を外し、ホワイトカラー全体に導入しようというものです。
正社員明男さん・50代 いつまた早期退職の嫌がらせを受けるか不安。安心して働きたい。 |
「使用者は解雇できる。ただし、客観的かつ合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は権利乱用で無効とする。
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企業の身勝手なリストラによって、いま多くの労働者が明男さんのような不安を抱えています。「解雇法制の新設」は、この不安を現実にし、解雇をいっそう促進するものです。
労基法は解雇の基準を示していませんが、よほど正当な理由がない限り解雇できないというのが、法の精神です。判例も「解雇には正当な事由が必要」(最高裁判所判例解説)としています。
これをひっくり返し、解雇を原則自由として、例外として認められない場合がある、というのが法案の立場です。
国際競争力の強化を口実に、企業の大量リストラが横行しています。六日の衆院本会議で「企業が『国際競争を勝ち抜く』として人員整理を行うのは乱用にあたるのか」と日本共産党の山口富男議員がただすと、小泉首相は「個別の事例ごとに判断されるべきで、類型化は困難」とのべ、否定しませんでした。
企業はいま、正面から解雇はできないので希望退職募集の体裁をとり、嫌がらせ配転や肩たたき面接をくりかえし、労働者を退職に追い込んでいます。「個別事例ごとの判断」となれば、労働者は裁判で争わなければならず、企業の解雇やり得を許すことになります。
いま雇用不安をなくすためにも、長年にわたる労働者の裁判闘争によってかちとった到達点である解雇四要件(経営上の都合による整理解雇は、(1)企業が存続できず(2)解雇回避の努力をつくし(3)人選が合理的で(4)労働側と協議を尽くした、場合に限定する)を明確にすべきです。
日本の“ルールなき資本主義”に対し、ヨーロッパでは、労働者を保護し、雇用を守るためのルールが確立しています。とくに、労働者を解雇から守るのは世界の流れになっています。
ILO(国際労働機関)は、「使用者の発意による雇用の終了に関する条約」(第一五八号条約)を一九八二年に採択しました。「雇用の終了は、当該労働者が自己についての申し立てに対し自己を弁護する機会を与えられる前には行ってはならない」「終了の妥当な理由のあることを挙証する責任は使用者にある」と規定しています。
また同年、「使用者の発意による雇用の終了に関する勧告」を出し、労資の協議だけでなく、解雇をしない具体的な努力を求めています。日本政府は同条約を批准せず、ILOのルールから大きく立ち遅れています。
EU(欧州連合)は、大量解雇指令(九二年に一部改正)があります。使用者にたいし、労働者代表と意見の一致が得られるように、大量解雇を回避し、限定、和らげる可能性について協議するという歯止めを設けています。さらに、管轄庁に計画を申告しなければならないという二重の歯止めを設定しています。
二〇〇一年六月には、大企業の社会的責任を厳しく問う「欧州労使協議指令」を合意。大企業が従業員の再配置や工場閉鎖に伴う大量解雇など雇用に大きな影響を与える決定をする場合には、事前に労働者との合意を目的にした事前協議を義務づけました。
パートタイム労働については、EUは権利を保障するルールをつくっています。EUパート労働指令(九七年)は、「パート労働者というだけで、フルタイム労働者より不利益な処遇を受けることがあってはならない」として、労働時間の長短があるだけで賃金は差別しないことをうたっています。このため、企業側が常用労働者をパート労働者へ置き換えても利益をえられない仕組みをつくっています。
派遣労働も一時的な例外の労働と位置づけ、就労時間もドイツで過半数の労働者が一週間以上三カ月未満、イギリスで二―三週間と期間を短期的に限定しており、常用労働者を削減して派遣労働に置き換えられないように規制しています。