2003年5月3日(土)「しんぶん赤旗」
小泉内閣と自民、公明など与党は、有事法制関連法案を今国会で必ず成立させるとし、連休明けの6日から衆院特別委員会での審議を加速させるとともに、民主党に「修正」協議を働きかけ、一気に採決しようとしています。政府・与党がねらう有事法制の問題点をあらためてみました。
法案の中核である「武力攻撃事態法案」(政府原案)は、「わが国にたいする武力攻撃」への対処について定めるとしています。
しかし、実際には、日本が武力攻撃を受けた場合だけでなく、それが「予測」される事態や「おそれ」のある場合、つまり、日本が攻撃を受けていない段階から、有事法制は発動され、日本が軍事行動に踏みだす仕組みです。
こうした有事法制のもつ危険性は、イラク戦争で示された米国の先制攻撃戦略のもとでいっそう明らかになりました。
米国は「敵に攻撃されて対抗措置をとるのは自衛ではない。それは自殺行為だ」(ブッシュ大統領)といって、国連安全保障理事会の決定もなしに、国連憲章を踏みにじってイラクへの先制攻撃を開始しました。
昨年九月の「国家安全保障戦略」は「(ならず者国家などの)敵対行動の機先を制し、あるいは阻止するために、必要があれば先制的に行動する」とし、その第一歩を踏みだしたのです。
その米国が、アジア太平洋地域で先制攻撃の戦略を発動すればどうなるのか。
日本が、米軍の出撃・兵たん拠点になるのは間違いありません。日本には、海兵遠征軍や空母機動部隊など、海外への“殴り込み”を任務にする米軍部隊が駐留し、広大な基地があるからです。
米国に先制攻撃の矛先を向けられた相手国は、それに対抗・反撃するための軍事態勢をとることになります。
政府は、これまでの国会審議で、攻撃が「予測」される事態として、相手国が「予備役の招集や軍の要員の禁足、非常呼集」「軍事施設の新たな構築」を行っていること、「おそれ」の場合として、「多数の艦船あるいは航空機を集結」させていることを例示しています。
日米安保条約では、日本にいる米軍への攻撃は日本にたいする攻撃とみなして共同で対処することを定めています。
相手国が米国の先制攻撃に対抗・反撃するため、予備役の招集や軍事施設の構築といった動きをとれば、それはそのまま、大規模な米軍部隊が展開している日本への攻撃の「予測」「おそれ」の事態になる危険があります。
つまり、米国の先制攻撃によって有事法制が発動され、日本が参戦することになるのです。
実際、石破茂防衛庁長官は、日本共産党の木島日出夫議員の追及に、米国がアジア太平洋地域でイラク戦争のような攻撃に踏み切ったときにも、有事法制が発動することを「ないと、いわない」と認めました。(四月二十四日、衆院有事法制特別委員会)
石破長官は一方で、「米国が国連も国際協調もいっさい無視して単独武力攻撃、先制攻撃をおこなうようなことは想定していない」とものべました。
しかし、「国連も国際協調もいっさい無視」して強行されたイラク戦争を「国連憲章に合致する」と強弁し、全面的に支持したのが小泉・自公政権です。こうした政権に有事法制をもたせれば、無法な先制攻撃への参戦という事態も招きかねません。
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有事法制は、これまでの自衛隊海外派兵法でもできなかった二つの“制約”の突破をはかろうとしています。
一つは、米国がアジア太平洋地域でおこす先制攻撃の戦争に日本の国民を強制動員できないという“制約”の突破です。
戦争には、大量の兵員や装備・兵器、物資の事前展開をはじめ、戦闘部隊への補給・輸送、医療など万全の兵たん態勢が必要です。
イラク戦争でも、兵たんが戦争遂行の上で不可欠の役割を果たしました。
この戦争に参加した米英軍は約三十万人、戦車六百五十両以上、航空機の出撃は三万七千回に達したとされます。
日本の四国とほぼ同じ面積のクウェートには、十三万人以上の兵員が展開。米軍基地の周辺と砂漠の訓練区域をあわせ、国土の四分の一が立ち入り禁止になったとも報じられています。
必要とされた兵たんは膨大でした。一万六千人規模の一個師団を維持するだけで、一日あたり水百万g、戦車や装甲車、ヘリコプターなどの燃料二百三十万gが必要とされました。これだけの補給物資を米軍は、クウェートの港に陸揚げし、陸路で輸送。その隊列の長さが一キロメートルに達したこともあったと報じられています。
「武力攻撃事態法案」は、自衛隊だけでなく、地方自治体や、政府が指定する民間企業・機関(指定公共機関)が、米軍に対し「物品、施設又は役務の提供」をおこなうこと、つまり、米軍への兵たんを定めています。
支援の内容は、「米国のニーズ(必要)」をふまえ、同法施行後二年以内を目標に整備する米軍支援法で定めるとしており、相手の要求しだいでどこまでも広がりかねません。
川口順子外相は、その一例として「米軍へ陣地として使用される施設・区域をより迅速に提供」(昨年五月七日、衆院有事法制特別委員会)することをあげています。
米国がアジア太平洋地域で介入戦争を始めたときに、自衛隊ばかりでなく、自治体や民間企業・機関を動員して米軍に兵たんをおこなう法律としては、すでに「周辺事態法」(一九九九年成立)があります。しかし、政府は、同法にもとづく動員について、建前では「強制ではない」としてきました。
ところが、有事法制は、自治体も民間企業・機関も、戦争協力が強制される仕組みになっています。(表)
有事法制ができれば、米国の先制攻撃の戦争に、日本の国民がまるごと強制動員される体制がつくられてしまうのです。
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もう一つは、海外で自衛隊は公然と武力の行使ができないという“制約”の突破です。
米国がアジア太平洋地域で介入戦争に乗り出せば、自衛隊は海外で、「周辺事態法」にもとづき兵員や物資の輸送など米軍支援をおこなうことができます。これは、どこでおこなわれようと、国際基準からみれば、武力の行使そのものです。
一方、同法では、米軍への支援は、戦闘地域と一線を画した「後方地域」でおこなうとし、近くで戦闘が起こることが予測されたり、実際に始まったりすれば、自衛隊はその場から撤退しなくてはならないとされています。
歴代政府でさえ、戦闘地域での支援は、米軍の武力行使と一体化しているとみなされ、憲法が禁じる集団的自衛権の行使にあたるとしてきたからです。
ところが、石破防衛庁長官は、米軍支援中に戦闘が始まった場合、「『ここは危なくなりましたから、さようなら』といった場合に、同盟国とは何なんだろう。実際の現場でそれが本当にもつのか」(三月五日、参院予算委員会)とのべ、この“制約”を突破しようとするねらいをあからさまにしています。
政府は、「周辺事態法」が発動される事態(周辺事態)と有事法制が発動される事態(武力攻撃事態)は重なり合うという説明を繰り返しています。
米国が、アジア太平洋地域で先制攻撃の戦争に踏みだすもとで、「周辺事態」だとして海外に出動した自衛隊が、日本への武力攻撃が「予測」される、「おそれ」があるという口実で、その場に踏みとどまって米軍支援をつづけかねません。
しかも、政府は、海外に展開する自衛隊も「武力攻撃事態法案」でいう「わが国」にあたり、組織的・計画的に攻撃を受ければ反撃するとしており、直接の戦闘行動をおこなう危険もあるのです。
米国の先制攻撃への参戦法案である有事三法案は、憲法の基本原則を根底からくつがえす内容をもっています。
日本国憲法は、二千万人を超えるアジアの人たちの命を奪い、三百十万人以上の日本国民の犠牲をもたらした第二次世界大戦の痛苦の反省から「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」(前文)し、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」(九条)ことを宣言しました。
米国の先制攻撃への参戦に道を開く有事法案が、この憲法の平和原則を真っ向から踏みにじるものであることは明らかです。
しかも、その戦争に国民を強制的に動員するために、「国民の自由と権利」を制限、地方自治体や民間企業・機関に戦争協力を義務化するなど、基本的人権と地方自治を侵害します。また、首相への権限集中と国会無視によって議会制民主主義さえ形がい化するのです。
まさに、“有事法制が発動したら憲法が停止する”ことになるのです。
有事法制関連法案 政府が国会提出しているのは、武力攻撃事態法案と自衛隊法改悪案、安全保障会議設置法改悪案の三案。与党は「修正」案を提出していますが、攻撃が「予測」される事態から有事法制が動きだす仕組みなど、基本的な構造・内容は政府原案と全く変わっていません。