2003年3月4日(火)「しんぶん赤旗」
中教審の最終答申素案は、現行の教育基本法では不十分だとして、新たに規定すべき理念として、「個人の自己実現」「国を愛する心」など八項目(別項)をあげました。
しかし、「個人の自己実現と個性・能力の涵養(かんよう)」という理念が現行法に欠けているかといえば、そんなことはまったくありません。教育基本法の根幹は、教育の目的を「人格の完成をめざ」すとしたことです(第一条)。「人格の完成」とは、人はだれでも人として価値があるという認識にたって、個人の人間的な諸能力の全面的な発展をめざすことです。まさに、「個人の自己実現、個性と能力」を育てることを意味します。
では、法「改正」までして「新しい理念」として盛り込むねらいはどこにあるのでしょうか。
それは素案のいう「個性・能力の涵養」が、日本の学校教育を「機会の平等を超えて結果の平等主義」に陥りがちだったとして否定し、「能力」に応じて、小中学校段階から教育内容に差をつける教育制度を指向するものだからです。
審議の過程で鳥居泰彦会長は、学校制度の複線化を特別に強調してきました。また素案は、教育基本法「改正」とともに、学校教育法を見直し、義務教育制度の弾力化を検討するとしています。
素案は「すべての国民は…その価値を尊重されなければならない」とのべてはいます。しかし、「個性・能力の涵養」を“新たに”盛り込むねらいは、財界や「国家戦略」に役立つ「能力」のある人材だけを効率的に育成したいからです。
重大なもう一つの問題は、「国を愛する心」を法で規定することです。中間報告をかなり簡潔にした素案では削られましたが、中間報告では「国を愛する心」を「国際社会における自国の地位を高めようと努力することは自然な動き」で、これが「国を愛する心につながる」と説明していました。
教育基本法は憲法の精神に立っていますが、その憲法は前文で、国際社会での「地位」について「平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたい」とのべています。しかし、中教審のいう「国際社会」が、そうした憲法の理念を踏まえたものかは疑問です。「国際社会の一員としての意識」なるものが大国主義的な国威発揚意識を国民に求めるものでないという保証はありません。
「郷土や国を愛する心」を法で規定することは、国民の心の内面に法律で踏み込むものです。福岡市で、小学校の通知表に「国を愛する心情、日本人の自覚」で子どもを評価する欄があったことが問題になっていますが、福岡市にとどまらず、柳川市、京都府下でも起きていることが分かっています。
教育基本法に「国を愛する心」が規定されれば、全国の学校現場に同様のことが押しつけられかねません。そうした統制をすすめることが、基本法「改正」を強く求めてきた勢力のねらいです。このようなねらいを持った法改悪を許すことはできません。(西沢亨子記者)
(1)個人の自己実現と個性・能力、創造性の涵養(かんよう)
(2)感性、自然や環境とのかかわり
(3)社会の形成に主体的に参画する「公共」の精神、道徳心、自律心の涵養
(4)日本の伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心と国際社会の一員としての意識の涵養
(5)生涯学習の理念
(6)時代や社会の変化への対応
(7)職業生活との関連の明確化
(8)男女共同参画社会への寄与
中教審がまとめた答申素案「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興計画の在り方について」の教育基本法「改正」部分(第二章)の要旨は次のとおり。
◇
1 教育基本法改正の必要性と改正の視点
・戦後の教育は、教育基本法の精神にのっとり行われてきたが、制定から半世紀以上を経て、社会状況が大きく変化し、教育全般について様々な問題が生じている今日、教育の根本にまでさかのぼった改革が求められる。
・21世紀を切りひらく心豊かでたくましい日本人の育成を目指す観点から、以下のような教育の理念や原則が不十分であり、これらの理念や原則を明確にするため、教育基本法を改正する必要がある。
(1)国民から信頼される学校教育の確立
(2)知の世紀をリードする大学改革の推進
国境を超えた大競争の時代に、我が国が世界に伍(ご)して競争力を発揮するためには、人材の育成が不可欠。そのために役割を担う大学の視点を明確にする。
(3)家庭の教育力の回復
(4)「公共」に主体的に参画する意識、態度の涵養(かんよう)
(5)日本の伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心と国際社会の一員としての意識の涵養
自らの伝統、文化を理解し尊重して、郷土や国を愛する心をはぐくむことは、国際社会に生きる教養ある日本人にとって必然的なものである。
(6)生涯学習社会の実現
(7)教育振興基本計画の策定
2 具体的な改正の方向
(1)前文及び教育の基本理念
(前文)
○教育理念を宣明し、教育の基本を確立する教育基本法の重要性を踏まえて、その趣旨を明らかにするために引き続き前文を置くことが適当。
○法制定の目的、法を貫く教育の基調など、現行法の前文に定める基本的な考え方については、引き続き規定することが適当。
(教育の基本理念)
○教育は人格の完成を目指し、心身ともに健康な国民の育成を期して行われるものであるという現行法の基本理念を引き続き規定することが適当。
(新たに規定する理念)
○法改正の全体像を踏まえ、新たな理念として、以下の事項について、その趣旨を前文あるいは各条文にわかりやすく簡潔に規定することが適当。
<1>個人の自己実現と個性・能力、創造性の涵養
<2>感性、自然や環境とのかかわり
<3>社会の形成に主体的に参画する「公共」の精神、道徳心、自律心の涵養
<4>日本の伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心と国際社会の一員としての意識の涵養
<5>生涯学習の理念
<6>時代や社会の変化への対応
<7>職業生活との関連の明確化
<8>男女共同参画社会への寄与
(2)〜(6)は略
3 教育基本法改正と教育改革の推進
・今後、政府においては、本審議会の答申をふまえて、基本法の改正に取り組むことを期待する。改正の趣旨が教育制度全般に生かされるよう、学校教育法、社会教育法、生涯教育振興の法律などに定める具体的な制度の在り方や、学習指導要領などの見直しが必要。とくに学校教育法は各学校種ごとの目的、目標に関する規定を見直す必要が生じる。