2003年2月20日(木)「しんぶん赤旗」
一昨年に続き、養殖ノリの色落ち被害が深刻な有明海。すでに多くの漁場からノリ網の姿が消えています。十八日には、福岡県大牟田市のノリ漁業者、松藤文豪さん(46)らによってノリ網を張っていた支柱の撤去作業が始まりました。
午前六時半、松藤さんは夫婦で堂面川河口の船着き場を出て、漁場に向かいました。まだ夜明け前の暗やみに包まれています。
約二十`もある支柱を動力の助けを借りて一本一本引き抜いていきます。漁場の単位である一コマあたり支柱は五十五本。一本抜くのに一分ちょっとかかり、その間に船が潮に流され、十メートルは移動します。
毎年、ノリの摘採を終えた後に行われる支柱の撤去作業は、海での仕事の締めくくり。重労働ですが、生産を終えた充実感に満ちた作業となるはずです。ことしは―。
松藤さんはいいます。
「本来なら『わー、とれてよかったね』とワクワクした気持ちでとりかかるのに、多くの仲間が『とれんでどげんして生活していくか』と重い気分でしよるんやないか」
例年なら、まだノリ摘採の真っ最中。冬のノリ網からノリを摘採しては生育を待ちまた摘採を繰り返し、三月までに九―十回摘採します。ところが、松藤さんが最後にノリを「ちぎった」のは一月十五日。今季は三回目で生産を終えました。
「色落ち」は、ノリの生育に必要な栄養塩が足りず、ノリが黒くならずに黄色くなる現象です。今季は初めから栄養塩が低く推移し、福岡県有明海研究所は「夏場の降雨量が少なかったため」と指摘します。
しかし松藤さんは、「渇水のときでもノリはとれた。原因は諫干だ」として、こう訴えます。
「諫早湾口で色落ち危険ラインの数十倍のプランクトンが発生すると、一週間か十日後には、大牟田・荒尾沖にやってきて、色落ちする。この現実を国は見てみろ。ノリ生産者は安心してノリ養殖はできない」
数年前までは有明海の養殖ノリは質・量とも日本一ともいわれ、全国のノリ生産の四割を占めていました。
その生産を支えるノリ漁民は、乾燥機や漁船など大規模な設備投資が欠かせず、多くが一千万円もの借金を抱え、ノリ網や綱、漁船の燃料代など漁協を通じた購買費だけでも毎年百万、二百万円にのぼります。
「ノリの借金は、ノリで(稼ぐ)しか返せない。元の宝の海に返してもらうしかない」。漁民たち共通の思いです。
今季のノリ販売額は、福岡県有明海漁連全体で前年同時期と比べ、三割以上の減。とくに被害がひどい福岡県南部の大牟田沖、熊本県北部の荒尾沖、佐賀県南西部などでは「五割減以上」といわれます。
佐賀県では、二月八日の入札で出品した約一億四千七百万枚のノリのうち、一割に値が付かず、買い取られませんでした。値の付いたノリも、一枚当たり平均七円六十八銭。「採算のとれる価格の半値」といいます。
川副町の川崎直幸さん(53)は「有明海を頼って将来とも生きていけるのかどうか本当に不安になる」と話します。
ところが農水省は、漁業振興に責任を持つ立場にありながら、「有明海異変」を目の前にしてもなお、諫早湾干拓で内部堤防(前面堤防)工事を急ピッチで進め、干拓地への進入路をダンプがラッシュアワーのように何台も通っていきます。
川崎さんは、諫早湾干拓の内部堤防工事の差し止めを求めた「よみがえれ有明訴訟」に加わりました。ノリの不作の前から、貝も魚もとれなくなり、有明海の漁獲量(二〇〇一年)は、諫早湾干拓で潮受け堤防工事が始まる前の平均の二割まで落ちこんでいます。
川崎さんはこう訴えています。
「最後の頼みの綱だったノリが三年前からこのような状態で、私たちの先は真っ暗。諫早湾干拓工事の中止、水門開放(海水導入)で干潟の再生をの願いは切実です」
日本共産党の仁比聰平衆院比例代表候補は十八日、熊本県荒尾市に入り、ノリの色落ち被害を調査し、漁民、漁協幹部から話を聞きました。
荒尾市沖では、ほとんどの網が撤去され、わずかに残っているだけ。案内にたったノリ漁民の田中太郎さん(28)は、「このノリを摘んでも、一枚五円にもならない」と顔を曇らせます。
隅倉柾一さん(66)、清さん(33)親子は「うちも、ことしに入ってほとんどとれておらん。少雨が原因というが、以前もこんな天気はあった」と話し、原因究明と融資返済繰り延べを要望していました。