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2019年11月12日(火)

きょうの潮流

 働きたい。働いて人とつながりたい―。そんな願いをあたりまえの権利として実現しようと1969年、障害者の働く共同作業所が日本で初めて名古屋市に生まれました。ゆたか共同作業所です▼その1年前に企業の一角で、知的障害者8人が職員とともに仕事を始めました。複雑な部品をつくり、ジャズドラムを組み立てる作業。「初めは不安だったけど仲間を信じた。仕事を通して労働者集団として成長した。製品は返品されることはなかった」。当時の所長、鈴木峯保さんは振り返ります▼工場に通えるだけで「ありがたい」と語っていた親。汗して働く子どもの姿を誇らしく思うようになり「もっと給料を上げて」。そんな親の要求がうれしかったと▼ところが親会社が突然、倒産。親や職員は再建に向けて話し合いました。「柱一本、石ころ一つ持ち寄って」みんなの工場をつくろうと▼養護学校義務制が実施される前後、卒業後の仲間たちが働く場が必要だ、「ゆたか」に続けと共同作業所づくり運動が広がりました。最高時、6千カ所余りに上りました。作業所で働く障害者は当初、「子どもたち」と呼ばれていました。いつしか、尊厳と親しみを込めて「仲間たち」に▼あれから50年。常時介護が必要な重度障害のある国会議員が2人誕生しました。あらゆる議員が同じように活躍できるよう、国会の風景が変わりました。この変化が国会の中だけでなく、日本のすみずみにゆき渡るようにするには。共同作業所づくり運動に学ぶことが多い。


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