2017年5月10日(水)
きょうの潮流
「心が震える」「明日は我が身」…。東京都内の上映館の一角には、主人公に自分を重ねた感想が所狭しと張られていました▼2016年カンヌ国際映画祭でパルムドール(最高賞)を受賞した「わたしは、ダニエル・ブレイク」。80歳になるイギリスの名匠ケン・ローチ監督が引退を撤回までして発表した、こん身の作です▼主人公は、イギリスに住む59歳のベテラン大工、ダニエル・ブレイク。心臓発作で医者に仕事を止められ、国の支援を求めますが、複雑な制度と役所の官僚主義に阻まれます。偶然知り合ったシングルマザーは、子どもに靴さえ買ってやれない日々。ダニエルは自ら助けが必要であるにもかかわらず、手を差し伸べます▼つらい話なのに、明るい。パソコンを使えないダニエルが悪戦苦闘する姿は昔の自分を見るようで笑えます。しかし、この映画は単なる“共助の勧め”でもブラックコメディーでもありません。根底にあるのは緊縮財政政策で弱者を切り捨て、人間の尊厳を踏みにじる政治への怒り。“俺は番号ではない。一人の市民だ”とダニエルに言わせるケン・ローチ▼国や自治体に税金を払い、真面目に生きてきた人間が、いざというとき、なぜ救われないのか。その現実は日本でも。ダニエルを怒らせた、木で鼻をくくったような役所の対応は、生活保護の水際作戦を思わせます▼救いは作品が奮起を呼びかけていること。「貧困は恥ではない。全世界のブレイクよ、団結せよ!」。映画を見たある著名人の感想です。