2012年9月5日(水)
きょうの潮流
じわりと心にしみ入る深い余情。映画が終わったあと、しばし席を立てませんでした▼高倉健さん主演の映画「あなたへ」。みた翌日、カナダ・モントリオール世界映画祭の「エキュメニカル審査員賞特別賞」の受賞が伝えられました。「人間性の内面を豊かに表現した作品」に贈られる賞ときけば、得心がいきます▼妻に先立たれた主人公に、しばらくたって遺言の絵手紙が届く。故郷の海への散骨を願う1通。もう1通は故郷の郵便局で受け取ってほしい、という。なぜ? 富山から長崎・平戸へ、彼の車の旅が始まります▼道中に知り合う人たちも、どこか謎めいた過去の持ち主だ。平戸へ着くと、食堂の女主人に娘の婚礼着姿の写真を渡される。“台風で遭難した漁師の夫に届けたい。散骨のときに海に流して”というのだが…▼妻の遺言も女主人の頼みも、大切な伝言が真意を秘めた間接話法で語られます。昔、キリスト教徒が弾圧された平戸。人々が信仰を胸に隠し持ち、伝え合った名残なのか。しかしなにより、彼女たちは主人公を信じているのでしょう。分かってくれる人に違いない。彼は、伝言の意味を探り当て、人生の新しい一歩をふみだします▼亡き妻は、宮沢賢治の「星めぐりの歌」をよく歌いました。♪オリオンは高くうたい…。くらく青い海に星のように散らばり沈みゆく彼女の骨粒は、人間も星のかけらの一部と気づかせます。けれど、他人を思いやり理解できる人間とは、星々の中のなんと素晴らしい存在でしょう。