2012年8月6日(月)
きょうの潮流
35歳の三船敏郎が、初の老け役を演じたことで話題になった黒澤明監督の映画「生きものの記録」。今見ると、何ともいえないリアリティーにあふれています▼主人公は原水爆の恐怖におびえる老人。安全な場所は南米しかないと、近親者全員でブラジルに移住することを計画します。今の生活を維持したい息子たちは猛反対し、家庭裁判所に申し立て―。結局、計画は挫折し、老人は精神病院へ入院します▼「狂っているのはあの患者なのか。こんな時世に正気でいられるわれわれがおかしいのか」。老人の担当医のせりふが胸に刺さります。製作は1955年。アメリカの水爆実験で乗組員23人が被ばくした第五福竜丸事件の翌年でした▼同じ年、広島で初の原水爆禁止世界大会が開催されています。事件で高まりをみせる反核運動。それをどうしても押さえこむ必要があったのでしょう。「原子力の平和利用」を大義名分に、アメリカによる日本への原発の売り込みが加速します。日本政府も手を結び、54年に原子力予算、55年には原子力基本法を制定。唯一の被爆国でありながら、米仏に次ぐ世界第3位の原発大国になるという皮肉はここから始まりました▼核兵器廃絶と原発ゼロ。今年の原水爆禁止世界大会・国際会議は、「いかなる核の被害者もつくらせないこと」を共通の願いに二つの運動の連帯強化を呼びかけています▼暴走すると制御できない核の恐怖。黒澤監督が晩年の映画「夢」(90年公開)で原発事故を描いていることは示唆的です。