2011年10月2日(日)「しんぶん赤旗」
きょうの潮流
ことしは、朝鮮の美術・工芸とゆかりの深い2人の人物の記念年です。1人は浅川巧。生誕120年にあたります▼彼と兄の伯教(のりたか)は、日本の植民地とされた朝鮮に渡りました。現地の人と暮らしに溶け込み、朝鮮王朝の時代の陶磁器や木工品の、世界に誇るべき美を紹介しました。もう1人は柳宗悦(むねよし)。亡くなって50年がたちます▼柳は、浅川伯教からお土産にもらった朝鮮の壺(つぼ)に心を奪われ、朝鮮にのめりこんでゆきました。先ごろ、浅川兄弟と柳、それぞれの仕事を振り返る展覧会がほぼ同時に開かれたのも、偶然とは思えません▼東京で先週まで開かれた「柳宗悦展」に、朝鮮の美と出合った壺もありました。秋草もようをあしらう8角形の白い壺。小さいけれど存在感は十分、そこはかとない気品がただよいます。直筆の原稿も並んでいました。「光化門よ、長命なるべきお前の運命が短命に終わろうしている…」▼朝鮮王宮の正門の光化門は、植民地時代、民族の心のよりどころでした。それを壊そうとした日本に抗議する「光化門よ」の訴えは、広く共感をよび、門を守りました。柳は、朝鮮の工芸品から、名もなき職人の手仕事の美にめざめ、やがて民芸運動をおこします。「素朴な器にこそ驚くべき美が宿る」と▼日本各地の民芸を掘り起こし、沖縄やアイヌの道具・装飾品のかけがえのない美をたたえました。展覧会に掲げられた彼の思想は、人や社会のあり方も問うているようでした。“美はつくられるのではなく、生まれるのだ”