2011年8月8日(月)「しんぶん赤旗」
きょうの潮流
去年生まれた若い牛が2頭、音を立てて稲わらを食(は)んでいます。気持ちのいい食べっぷりに、思わずわらをつかんで口もとに運んでやると、警戒したのか、こっちを見ながら後ずさりしました▼福島県北西部の湯(ゆ)川(がわ)村(むら)で、村議会議員を務めるかたわら牛を40頭肥育している菅沼弘志さん(52)。1円の賠償も受けていません。「まるで兵糧攻めだ」。えさをやりながら語りました▼放射能に汚染された稲わらや牧草を食べた牛から放射線セシウムが検出されてから牛を出荷できず、堆肥はたまり、えさ代がかさむばかりだからです。「いつ、いくらで売れるかわからない。これじゃあやる気を無くす」▼肥育農家ですが、子牛を産ませて育てる一貫経営に乗り出そうとしていた矢先でした。「夢が吹っ飛んだ」。悔しさはひとしおです。しかも地産地消で納入していた地元の学校給食からは野菜や米を敬遠されそうな話も。福島というだけで肉牛が売れず、稲わらを売った農家が悪者にされる。農家が被害者なのに…▼東電救済策と呼ばれる原子力損害賠償支援機構法案が成立した3日、東電本店前で福島の農民らが怒りの声をあげました。その中には「去年の収入が分かるものを持って来いとか言って、加害者なのに東電は威張ってる」と憤る桑(こ)折(おり)町の肥育農家の男性(64)も▼福島は今、青々と育った稲が穂を出す直前です。それをなでるように渡っていく風が爽快です。被害者が救われず加害者が助けられていては、こんな風景も失われてしまいます。