2011年7月13日(水)「しんぶん赤旗」

きょうの潮流


 原発事故について話し合う市民の集まりで、フリージャーナリストの山本知佳子さんの話を聞く機会がありました。山本さんは、25年前にチェルノブイリ原発事故が起きたとき、西ドイツの西ベルリンに住んでいました▼ドイツ事情に明るい山本さんが最近、外国を歩いていてよく受ける質問が二つあります。原発をたくさん抱える日本と日本人への疑問です。一つは、「国土が狭く、地震の多い国に、なぜそんなに?」▼もう一つは、「ヒロシマ、ナガサキ、ビキニも経験したのに、なぜ?」。山本さんは、痛感するそうです。日本は、当たり前の疑いを疑いとせず原発を推進してきたのだ。被爆体験からも十分に学んでこなかったのではないか、と▼チェルノブイリ事故のとき、当時の西ドイツ政府も原発推進にこり固まっていました。「危険はない」といい、市民に放射線の値を教えない。「ソ連の原発の欠陥から起きた事故で、西ドイツでは決して起こらない」と繰り返す…▼しかし市民は、自分たちで食物や土壌の汚染の値を測って知らせ合い、情報を共有してゆきました。「原発をとめよう」の運動が始まります。人々の事故の記憶が薄れてきても運動はつづき、ついに政府に脱原発へ踏み切らせます▼「ドイツの場合、世論の力が強かった」と語る山本さん。いま彼女の住むインドでも、「ノーモア・フクシマ」が叫ばれています。話の結びはこうでした。被爆・被ばくの歴史を終わらせるために、「フクシマを最後に、こんどこそ」





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