2011年7月10日(日)「しんぶん赤旗」

きょうの潮流


 五木寛之さんの小説『海を見ていたジョニー』は、1960年代半ばに書かれました。神奈川の海辺の町で、姉とともにスナックバーを開く、少年が主人公です▼ある夜、海岸でトランペットを練習していた彼は、黒人米兵ジョニーと出会う。ピアノの名手、ジョニーはいう。「ジャズってのは人間の音楽だ。…汚れた手で、本当のジャズがやれるはずはない」▼ベトナムの戦場へ行っていたジョニーが、疲れたようすで帰ってきた。ピアノを聴かせる。素晴らしい演奏。「最高だ」と興奮する少年に向かって、ジョニーは叫ぶ。「そんな馬鹿な」「嘘(うそ)だ」▼罪のない人を殺してきた汚い人間にも素晴らしい演奏ができるなら、ジャズとはいったい何だ! 戦場に行って人間を信じられなくなったうえ、最後に残ったジャズさえも信じられなくなってしまった。「わたしはいったい、どこへいけばいい、え?」▼1977年、岩手の陸前高田市にジャズ喫茶「ジョニー」ができました。『海を見ていたジョニー』からとった名前です。ことし3月11日、「ジョニー」の店は津波にのまれてしまったけれど、女性店主は無事だったと聞きます▼先ごろ、「ジョニー」での生演奏がCDに復刻されました。80年秋の録音です。題名も「海を見ていたジョニー」。ピアノの坂元輝率いる三重奏による、名曲「レフト・アローン」や「夕やけ小やけ」。よく弾み、かつ細やかな心のこもる演奏が、小説のさまようジョニーの魂を慰めているように聴こえました。





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