2011年6月16日(木)「しんぶん赤旗」
きょうの潮流
ありえない風景を描きながら、不思議な現実感をかもしだす絵があります。たとえば、ベルギーの画家マグリットの作品です▼のどかな草原の上空に、鈴の形の巨大な銀色の鐘が浮かぶ。まるで気球のように、ふわりふわり。鐘も青空も草木も、ていねいに描きこまれているのでしょう。妙な説得力をもって、みる者に迫ります▼宮城県石巻市で、立派なお墓の上に取り残されて地上から浮かぶ自動車をみたとき、夢や想像の世界を描くマグリット流の絵を思い浮かべました。津波のひどいありさまを絵画になぞらえるなど、不謹慎かもしれないのですが▼ありきたりの観念をくつがえす、“まさか”の現実。山と積まれた腐った魚に、カモメの大群がたかっていました。石灰の粉も人が耐えられない腐臭の刺激も、なんのその。優美に舞うカモメのイメージとは大違いです▼女川町の町立病院は、高さ15メートルの高台にたちます。その日、病院前の駐車場に逃げた人々は安心したでしょう。しかし、病院の建物に避難した人は助かったものの、車の中に残った人は車ごと波にさらわれました。生死を分けた駐車場から街をみると、横倒しになったビルが、ここにも、あそこにも…▼“まさか”の光景にようやく現実感がともなったのは、不在の人々を思ったときでした。倒れたビルの住人や墓の上の車の持ち主は、一体どこへ? 家の跡地に散らばる、茶わん、サッカーボール、中島みゆきのレコード。これが、震災3カ月後の紛れもない現実なのだ…。