2011年5月27日(金)「しんぶん赤旗」
きょうの潮流
フランスの「人権宣言」。ベートーベン「第9交響曲」の自筆の楽譜。「アンネの日記」…。アジアでは、日本から韓国への返還が決まって話題の、「朝鮮王朝儀軌(ぎき)」など▼国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産の、ごく一部です。1997年に登録が始まっています。人類が後の世まで記憶し伝える値うちをもつ記録に、日本からの登録はありませんでした▼わが国初の世界記憶遺産に、福岡・筑豊炭田の日常を描く絵の数々や日記が選ばれました。記録した人は、故人の山本作兵衛。子ども時分の19世紀末から1950年代半ばまで、実際に五十数年間、筑豊の炭鉱で働いていました▼上半身裸の男女がウナギの寝床のような穴で腹ばいになって石炭を掘る姿。仕事を終えた男女の混浴の光景。山本作兵衛は、労働争議や会社側の労働者への私刑(リンチ)も描いた、といいます。「60年安保」のころの画帳に、反戦の願い、核実験を繰り返す「文明を誇る先進国」への憤りも書き残しているそうです▼登録へのいきさつに、内外の考え方の違いが表れています。福岡の田川市は、企業の事業所跡を世界遺産に、と名乗り出ました。ところがユネスコは、参考資料だった山本の記録に注目しました。“企業の公式記録は多いが、労働者個人による記録は珍しい。公式記録とは反対の、荒々しさや臨場感をもっている”と▼命を削る労働者の血と汗の記録。今なら、福島原発で放射能の危険にさらされる労働者が、まず思い浮かびます。