2011年5月18日(水)「しんぶん赤旗」
きょうの潮流
「基地の中に土地をもっている例はあるが、生活している例は世界にもない」「俺は世界的な馬鹿(ばか)かもしれないな」――北海道の矢臼別自衛隊演習場内に住み続けた川瀬氾二さんの言葉です▼彼が亡くなって2年。故郷岐阜の文芸誌に書き続けた文章、残された自筆の原稿が、盟友の三宅信一元北海道教育大学教授の手によって本になりました▼『矢臼別の馬飼いと自衛隊』(水公舎)は、入植後の悪戦苦闘ぶりが、とりわけ生きいきとして面白い。小屋を建て、井戸を掘り、木の根を掘り出し、逃げた馬をおいかけ…。原野の中で一人ぼっちの私は、どっちを向いて小便しようとまったく人目を気にする必要がないなど、真面目な筆致だけに思わず笑いを誘います▼せっかく農地にしたのに、今度は演習場をつくるからでていけと。防衛庁の買収で、最後には川瀬さん家族だけに。再び、約百町歩四方に人がいない入植当時に戻ったのでした。そのあたりの述懐も面白い。「ぐうたら」のために売ろうか残ろうかと迷っているうちに、平和勢力の「とりこ」になったと▼「反戦地主」といわれることを好まなかった川瀬さんですが、大地に根ざして日々を家族とともに生き、地域の人々との歩みが彼を支えてきました▼2006年。自衛隊のイラク派遣差し止め訴訟で陳述しました。それが本書の最後の言葉です。「裁判長。…政府の都合で国民を翻(ほん)弄(ろう)することは憲法が許さないはずです」。川瀬さんの、決然たる言葉に考えさせられることは多い。