2011年5月15日(日)「しんぶん赤旗」
原発立地・大熊町の避難民は今
いつかこうなるかと…
福島第1原発が立地する同県大熊町から同県会津若松市の東山温泉などで避難生活を送る被災者を14日、住民とともに避難する同町の日本共産党石田洋一町議と訪ねて要望を聞きました。
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避難先の東山温泉訪ねる
「60世帯、230人の要望をまとめているところです」と話す男性自治会役員(71)は「一時帰宅の要望が一番多い。持って来るべき物を何一つ持たずに来た。3キロ圏内の人もいるので、この人たちは一時帰宅もできないのではと心配しています」。
心臓ペースメーカーを入れている人、車椅子の人、寝たきりの人と、医療を必要としている被災者が多く「市内の県立会津病院までいくのにタクシー代がかかります」と同役員はいいます。「もうたくさんです。東電とかかわっている人は表向きは言えないが、ほとんどの町民は原発反対です。私もかげながら反対していました」
見合う賠償を
「廃業に近い状態です」と話すのは、同町の特産品、梨の栽培農家の男性(37)です。
梨栽培に欠かせない肥料散布、受粉など一つの工程も省けば、その年の収穫は望めません。「病気に弱く消毒は欠かせない。元に戻すには10年はかかる」と語ります。
約40軒ほどの梨栽培農家があるなかで最年少。660本の梨畑を耕しています。
「23歳から初めて14年。自分なりに梨栽培をやろうと考えていた直後のことです。土地ごと手放さなければならないだろうし、東電と国はそれに見合う賠償をしてほしい」
ある女性(55)は泣きながら訴えました。
「こんなことは私たちで終わりにしてほしい。帰れない。悔しい。墓参りができません。悲しい」。涙が止まりません。脳梗塞と糖尿病の持病があり、通院が必要です。
避難先ではバス乗り場を知らなかったために病院まで歩いて行きました。「1時間40分かかりました。大熊町の家は3キロ圏内か微妙です。いつかこうなるのではないかと危険を感じてはいました。せめて大熊町に近いところに住みたい」
町議会に変化
東電出身の議員1人、関連会社出身3人の町議がいるなかで「原発反対」の請願や意見書は採択されたことがありません。同議会では「石田さんが言っていた通りになった」と変化が起きています。全員協議会で国に要望書を持っていくことになり、「東電には持っていかなくていいのか」となりました。
石田町議は避難生活について「深刻です。一刻も早く収束させてほしい。見通しをはっきり知らせて、希望のもてる対策をたててください。地元の住民は帰るつもりでいる。そのための道筋をつくってほしい」と、国に求めています。 (菅野尚夫)
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