2011年5月12日(木)「しんぶん赤旗」
兄貴の船 悪くない
あたご無罪判決 遺族ら憤り
「こんな判決、納得できない」。海上自衛隊の最新鋭イージス艦「あたご」が漁船「清徳丸」に衝突、沈没させられ、漁師親子が死亡した衝突事故。2人の当直士官が業務上過失致死などの罪に問われた裁判で、両被告の無罪が言い渡された法廷に遺族らの悲痛な叫びが響きました。
亡くなった吉清哲大(てつひろ)さんのいとこ、吉清祥章さん(21)は、公判のほとんどを千葉県勝浦市から通い詰めました。「信じられない判決だ。海難審判、そして裁判と司法の手続きを積み重ねてきたのに、どうしてこんなことになる。墓前に報告できない」と悔しさをにじませました。
傍聴席の最前列で判決を聞いたのは、亡くなった船長吉清治夫さんの弟、吉清美津男さん(60)。こみ上げる怒りを必死にこらえながら言いました。「哲大はおいっ子のなかで一番かわいがってきた。漁にでれば必ず“浜についたから、氷を用意してほしい”と電話をしてくる。俺はアワビを取るが、兄貴が漁場を教えてくれた。だから潜るときにはいつも墓前に兄貴が好きだった混ぜご飯やコーヒーを供えて『行ってくるぞ』と声をかけている。それを兄貴たちが悪いなんて、どうして納得できるよ。検察は、控訴してほしい」
事故当時、清徳丸と並走していた金平丸の市原義次船長は「誰が見たって当たった方向は分かる。あたごとの角度は横切る形ではなかった。船の脇にある舷灯は見えていなかったんだから。清徳丸が自分からぶつかっていったかのような被告側弁護士の話は、俺自身、納得できない」と話しました。
事故当時の新勝浦市漁協組合長、外記榮太郎さんは「信じられない判決です。衝突の様子は死んだ2人とあたご乗組員しかわからない。漁師たちは誰も、汽笛やサーチライトを見ていない」と判決への強い不信感を示しました。
自衛隊「予想外」
「あたご」元水雷長の長岩友久被告(37)ら2人に対する無罪判決には、防衛省・自衛隊内からも「予想外の結果」との声があがりました。
海難審判では、衝突時の当直士官だった長岩被告の過失が認められていただけに、海上幕僚監部の幹部は「2人とも無罪とは思わなかった」と驚いた様子。別の幹部は「事故で死者を出してしまった以上、割り切れない。同じ海上自衛官としては複雑な心境で、単純に喜べない」と話しました。
地元の漁港
軍艦の大手を振った航行不安
無罪判決があった11日、悪天候で出漁を取りやめて網の修理に漁港にきた新勝浦市漁業協同組合所属の60歳代の男性は、判決は判決として重く受け止めているとした上で、「残念でならない。亡くなった人に口なしではないけれど、どうにもならない。無罪判決で軍艦が大手を振って航行されるのでは」と不安げな顔をのぞかせました。
解説
裁かれなかったイージス艦部隊
「私たちは常識的にあたごに回避義務があると信じてきた。検察、被告、裁判所と三つの航跡図が出されたが検察が一番、真実に近いと思います」。判決後、静かな口調で語ったのは、事故の真相を追ってこの3年余りを費やしてきた新勝浦市漁協元組合長の外記榮太郎さんの言葉。それがなぜ―。
裁判所はあたご側の見張り不十分や当直士官の申し送り情報の誤りなどを認めたものの、検察の航跡図のデータの誤差、証人の証言と航跡図の食い違いなどを強調した被告弁護団の主張を認定しました。確かに検察の航跡図には、僚船の船長らの「このあたりに見えた」という証言を、「右7度3マイル」と限定するなどの弱点がありました。被告側はこれでは「距離が合わない」などと主張、裁判所はこれを「証拠として信用できない」と退けました。
その一方で、判決は清徳丸が衝突直前の3分前に「理由は不明だが、右転したことが新たな危険を発生させた」と断定。しかし、これは犯罪で言う動機の説明を抜きにした犯意の確定です。
清徳丸の「右転」があったとしても、それは衝突の3分前。あたご側が漁船の動向を注視していれば、十分な回避動作が可能でした。あたご側はその間、清徳丸を見失っていたのです。当直士官が、両舷停止を号令したのは衝突のわずか30秒前でした。
昨年12月の第13回公判での舩渡健「あたご」艦長(当時)の証言があります。「清徳丸があたご艦首を左にかわすという期待が(当直士官に)あったのではないか」。「そこのけ自衛艦が通る」という自衛隊の本音をしめすものです。 (山本眞直)
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