2011年5月11日(水)「しんぶん赤旗」
きょうの潮流
「バラード」を字引でみると、まずはたいてい「自由な形式の物語詩」という説明がきます。次に、「語り物的な歌、そのような器楽曲」▼ショパンのピアノ曲、バラード第1番に逸話が残っています。シューマンが、ショパンにいいました。「あなたのこれまでの作品でこれがいちばん好きだ」。ショパンはしばし考え込み、応じました。「私も大好きだ」▼心にしみる詩情。たたきつける激情。音の振幅大きく、一編の悲劇を語っているようです。いまポーランドでもっともよく売れているCDは、バラード第1番を出だしに収めたショパン曲集と聞きます▼ショパンの祖国だから、珍しくないかもしれません。しかし、赤地に白字の日本語で「日本がんばれ!」と染め抜いた表紙。東日本大震災の悲劇の犠牲者と被災者のために、慈善でつくられたCDです▼現代ポーランドを代表するピアノ奏者ツィメルマン。1960年代から日本にも聴き手の多いハラシェビッチ。05年ショパン・コンクール優勝者ブレハッチ。彼らのえりすぐりの名録音を集めています。最後の曲は、スケルツォ第1番。荒ぶる感情が波打ち、破裂します▼この曲から、ロシアがポーランドに侵略したと国外で知った、ショパンの手記を想像する人もいます。「それなのに僕はここにいる。…ただため息をもらし、悲しみをピアノにぶちまけている。気も狂わんばかりだ」。聴き終えたCDから、ポーランドの人々の日本に寄せる気持ちの深さが、しかと伝わってきました。