2011年5月5日(木)「しんぶん赤旗」

宮城・網地島 電気・水道復旧急いで

全島が“避難所”状態

生活のかかる港 見捨てるな


 宮城県石巻市牡鹿(おしか)半島の南に浮かぶ網地島(あじしま)。東日本大震災で電気、水道などのライフラインは寸断され、今も支援物資に頼らざるを得ない、全島が“避難所”とも言える状態が続いています。3日午後2時、1日2便の臨時ダイヤで運航している最終便に乗り込み、網地島を訪ねました。 (釘丸晶)


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(写真)1階の天井近くまで津波に襲われた家で片づけをする人たち=4日、宮城県石巻市網地島

 島には網地と長渡(ふたわたし)の2集落があります。島民約400人は無事でしたが、家屋十数軒が津波で全・半壊しました。

 同島北側、網地港に船が着くと、食料品や飲料水を買い込んだ人たちがどっと下りだします。島民をはじめ、島に住む両親や祖父母を心配して来た人もいました。中には津波被害を受けた家屋の片付けに来る家族やボランティアの姿も。

 当初は2カ所の避難所がありましたが、現在は全世帯が自宅に戻っています。しかし、ライフライン復旧の遅れが、島民の生活に支障を与えています。「朝9時に窓口業務を始めても10時半には閉めなければならず仕事にならない」と漏らすのは郵便局長の高橋秀一郎さん(52)です。

 震災後、電気が不通になった同島。東北電力は発電機2台を配置したものの、発電時間は午前6時から11時と午後4時から9時までの計10時間だけです。そのため島の金融機関である郵便局や漁協なども、営業時間が制限されています。

 燃料の確保や発電機の耐久性の問題があると東北電力は説明しますが、「もっと時間を延ばしてほしい」というのが島民の願いです。

 水道の問題も深刻です。石巻市から海底を通る水道管は無事でしたが、破損した上水設備の復旧が遅れています。数日に1度の島外からの給水支援と井戸水に頼らざるを得ない状態。島唯一の医療機関である網小医院の谷中紳多郎さん(52)はいいます。「電気が復旧しないとレントゲンも使用できないし、電気と水が必要な現像機も使うことができない」

 医院に併設された老人保健施設や高齢者生活福祉センターでは23人の入所者を受け入れていますが、「お風呂がないと清潔な状態は保てません。電気と水道の復旧を急いでほしい」と訴えます。

 娘と2人暮らしの男性(85)は「石巻から野菜の販売に来ていた人も震災後、来なくなった」と話します。買い物に行くには石巻の工業港から、タクシーを使うため往復で1万円はかかるといいます。

 島の生活は現在、救援物資に支えられていますが、自立するには大きな障害があります。生活港が1メートル余り地盤沈下し、満潮時に桟橋が水没するため使用できません。しかし、重要指定港や県直轄港の整備が優先され、生活港は後回しにされています。

 長渡地区の区長を務める小野喜代男さん(73)は、「重要港が優先されるのは仕方がないが、この港も島民の生活のかかる大切な港。忘れずに整備をお願いしたい」と訴えています。

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