2011年3月18日(金)「しんぶん赤旗」

福島市内の避難所

被ばく心配で来たけど


 出産を間近に控えた妊婦、家族の健康のために東電福島第2原発内の仕事を拒否して逃れてきた男性―。東日本大震災から今日で1週間を迎える福島市内の避難所は、さまざまな境遇の被災者が、不安と失望を背負っていました。


 県立福島明成高校内の避難所は、県内のほかの避難所から移ってきた約140人が暮らしていました。

 出産予定日が10日後に迫っている女性(33)は、大きく膨らんだおなかをさすりながら「この子が生まれたらどこで育てたらいいのかしら…」とため息をつきました。出産できる病院は市が緊急に手配しましたが、退院後の育児環境は全くめどがついていません。避難所では、ミルクもおむつの入手もままなりません。

 この10日間で、体重が1キロ減りました。夫(33)は「ふつうなら体重が増えていく時期なのに。今日はボランティアの炊き出しがあったが、ここ数日はおにぎりと食パンしか口にできなかった」と苦悶(くもん)の表情を浮かべました。

 東電福島第2原発内で電源設備の関連会社社員として十数年働いていた40代の男性は、妻と4歳の子どもを連れて同避難所に逃れてきました。震災直後、第2原発内で復旧作業を依頼されましたが、「仕事を失っても戻るが、家族は戻らないから」と拒否しました。原発事故のようすを伝えるテレビから目を離さないまま、「長年務めた現場に未練はあるが、放射能が周辺に残ることを考えたら、やっぱり戻る気になれない」と重苦しい口調で語りました。

 同市内のあづま総合運動公園内で放射線量の測定検査を受けていた大学生(21)は、こんな不安を口にしました。

 「被ばくの心配もそうだけど、今後、他県の人から差別され続けるのでは。『(放射能で)汚染された福島の人』って…」 (勝又秀人)





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