2010年11月24日(水)「しんぶん赤旗」

TPP 食も経済も壊す

市場まかせでいいのか


 環太平洋連携協定(TPP)への日本の参加問題が焦点となっています。問題点を検証します。


すでに世界一の輸入国

国連は食料不足を警告

 政府は「開国」するなどといいます。しかし、日本市場はすでに広く開かれています。

「鎖国」どころか

 財務省関税局の資料によると、工業製品は多くの品目で関税が撤廃されています。残りの品目も関税率は低く抑えられています。比較的高いのは「繊維および衣類」や「ゴム・革・履物等」ぐらいです。農産物でも全品目の4分の1が無関税です。高関税といえるのは「精米」や「牛乳・乳製品」や「粗糖」などです。日本人の主食の米のほか、地域経済を支える根幹の産業で、関税が維持されているのです。それが撤廃されるなら、雇用や地場産業など、地域全体に広く影響が及びます。

 日本は「農業鎖国」どころか、世界一の農産物純輸入国です。

 2007年でみると、TPP参加交渉中の米国が180億ドル、オーストラリアが159億ドルの純輸出だったのに対し、日本は438億ドルの純輸入でした。農産物の平均関税率も11・7%で、米国の5・5%より高いものの、欧州連合(EU)の19・5%よりは低くなっています。

 農林水産省の試算によると、TPPで関税が撤廃されると、農林水産業全体で、生産額が4兆5700億円減少します。雇用は350万9000人分失われます。

 供給熱量でみた食料自給率は現在の40%から13%に低落します。1965年度には73%だった日本の食料自給率は、農産物輸入の自由化に伴い、09年度の40%へ下落しました。米が不作に見舞われた93年度に37%にまで急落したことは、日本の食料自給に危険信号がともっていることを示しました。

地域波及は1.8倍

 農業生産が打撃を受けると、それに輪をかけて地域経済へ影響が波及します。

 北海道農政部の試算では、TPPで関税が撤廃されると、北海道の損失総額は2兆1254億円にのぼります。そのうち農業生産が5563億円、関連産業が5215億円、地域経済が9859億円の被害を受けます。それとは別に、漁業生産が530億円の被害を受けます。農業生産への打撃は、農業関連産業へは同じ規模で、地域経済へは1・8倍の規模で波及することになります。

 農業は、生産が行われていることで、食料の供給だけでなく、国土の保全、水源のかん養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承など多面的な機能を果たします。

 それは、日本学術会議答申の試算を基にした貨幣換算で年間8兆2226億円余に相当します。農水省は、TPPによって3兆7000億円相当の多面的機能が失われると試算しました。林業の多面的機能は70兆2638億円、水産業は10兆9575億円と試算されています。TPPによって、これらにも被害が及びます。

増産こそが貢献

 国連食糧農業機関(FAO)は17日、食料需給見通しの最新版を発表し、11年に主要食料作物が顕著に増加しない限り、国際社会はより厳しい状況に対応しなければならなくなると警告しました。

 世界はもはや、「食料は金さえ出せばいつでも輸入できる」時代ではありません。生産条件のある国が、自給体制を整え、他国に依存しないことこそ、国際的貢献になります。

 農水省の「新たな食料情勢に応じた国際的枠組み検討会」が09年2月に発表した「中間とりまとめ」は、世界貿易機関(WTO)農業交渉の限界を指摘し、食料生産の促進や農林水産投資の増加に向けて、FAOでの議論を活性化させるよう提案しています。

 農業は動植物の生育に依存し、自然環境に制約され、生産条件も各国間に大きな差異があります。国民に食料を安定的に供給することや、そのためにどんな農業・食料政策をとるかは、各国の主権(食料主権)に属する問題です。もともと市場任せにできません。

国内雇用を圧迫

 TPPは、関税撤廃だけでない広い影響をもたらします。

 内閣官房の資料も、TPP参加の留意事項として、米国から牛肉や非関税障壁などへの対応を求められる可能性を挙げています。BSE(牛海綿状脳症=狂牛病)の安全対策がない米国産牛肉の輸入制限が撤廃される危険があります。

 内閣官房の資料はまた、TPPに含まれることが予想される分野として、物品貿易、原産地規則、貿易円滑化、植物検疫、貿易救済措置、政府調達、知的財産権、競争政策、投資、サービス貿易、環境、労働、紛争解決などを挙げています。すでに発効しているフィリピンやインドネシアなどとの2国間の経済連携協定(EPA)で認めた看護師、介護福祉士だけでなく、より広範な職種の受け入れを求められることも想定できます。何の規制もなければ、国内の雇用を圧迫し、国際的な賃下げ競争に容易につながります。

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大量流入放置し 「両立」は不可能

 政府は、TPPによる関税撤廃と、食料自給率の向上や国内農業・農村の振興とを「両立」させると主張しています。しかし、外国農産物の大量流入を放置して、「両立」は不可能です。

 関税を撤廃した場合の影響を試算した農水省の資料も、「巨費を投じて所得補償をしても、外国産農産物の輸入増加を止められず、国内農業等の縮小は避けられない」としています。

 農林水産省の資料によると、農産物輸入自由化に伴い、日本の農産物輸入額が1966年の1兆2000億円から2008年の6兆円へ急増する一方、食料自給率は65年度の73%から09年度の40%へ急落しました。農業所得(農業純生産)は、90年度の6兆1000億円から06年度の3兆2000億円へとほぼ半減しました。

 農業経営規模が問題なのではありません。規模が欧州並みに達している北海道でも、TPPによって壊滅的大打撃を受けることは、北海道農政部の試算が示しています。

 また、大規模な株式会社なら、農業経営が成り立つともいえません。農水省の調査によると、08年、31法人がいったん農業に参入しながら、後に撤退していました。全国農業会議所のアンケート調査(08年8月)によると、黒字の法人は11%にすぎず、63%は赤字でした。

利益は一部の輸出大手

雇用破壊・賃下げに拍車

 「日本のGDP(国内総生産)における第1次産業の割合は1・5%だ。1・5%を守るために98・5%のかなりの部分が犠牲になっている」―。前原誠司外相は10月19日、このように述べて農業など一部の人たちが既得権益を守るためにTPPに反対しているかのように描きました。しかし、TPPの「恩恵」を国民が享受できるでしょうか。

差し引きで微増

 トヨタ、日産、マツダ、ホンダ…。日本の名だたる自動車メーカーがTPPで最も恩恵を受けます。TPP締結によって輸出する相手国の関税が原則ゼロとなったときに、輸出の増大が見込まれるからです。

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 日本の対米輸出は、35%が自動車など輸送用機器で、20%が複写機やコンピューターなど一般機械、16%が映像機器など電気機器です。また対オーストラリア輸出の5割以上が自動車です。

 TPPに参加し100%の自由化をした場合、農産物は大被害を受けます。農水省の試算では食料自給率は13%程度にまで下がります。それによって得られる実質GDPの増加は内閣府の試算でもわずか0・48〜0・65%です。

 トヨタなど大企業がもうけを上げても、国民に恩恵が回らないことは日本政府自身が認めています。09年末に内閣府でまとめた「日本経済2009―2010」(ミニ「経済白書」)は次のように指摘しています。

 「戦後最長となった前回の景気拡張局面においては、輸出の増加が企業部門の回復をもたらし、それが家計部門にも波及するというシナリオが描かれてきた。そのシナリオは、結果的には期待されたほどには実現せず、長期にわたる『実感なき景気回復』で終わっている」

 TPP参加によって大企業の収益がよくなったとしても、景気のいいときには「安上がり」の非正規雇用を増やして大もうけを上げ、景気が悪化すると「非正規切り」や「下請け切り」という大企業の身勝手な行動が繰り返されるだけです。

「派遣村」の再現

 さらに、TPP参加が雇用と経済の悪化に拍車をかける可能性があります。TPPを推進する日米財界人会議は「雇用保護を目的とする政策は、思慮深く設計されていない場合にはかえって逆効果となりうる」と10月8日の共同声明で述べ、労働者の権利を守るルールを敵視しています。

 これではただでさえ弱い雇用を守るルールが完全に破壊され、労働者が企業の都合で振り回されかねません。ひとたび、企業が「雇用が過剰だ」と判断すれば、労働者が街頭に放り出され、「派遣村」が再現されかねません。

 また、日本経団連が6月に発表した「アジア太平洋地域の持続的成長を目指して」という提言ではTPPに求めるものとして、「経済的に国境を感じさせないシームレスな環境」をあげました。TPPに参加するアジアの国々は日本より低賃金です。財界は「最適地生産」を方針としており、TPPに参加すれば、ますます企業は海外展開をし、日本国内の産業空洞化に拍車がかかる恐れがあります。

公正なルール確立こそ

食料増産・雇用の重視を

 米国は、TPPをてこに米国流の経済ルールをアジア太平洋地域に拡大することで、経済権益を確保し、金融・経済危機からの脱出をはかろうとしています。しかし、この米国流の経済路線は、世界を巻き込んだ金融・経済危機を引き起こし、貧困と格差を拡大しました。投機マネーの暴走によって食料価格が高騰し人々の生命を危険にさらし、地球環境を悪化させました。今、この路線を転換し、公平、公正なルールを確立することこそ国際社会が求めているものです。

飢餓人口9億超

 食料の増産こそが求められています。国連食糧農業機関(FAO)が9月14日に発表した世界の慢性的な飢餓人口は9億2500万人に上ります。09年11月に開催された食料安全保障に関する世界サミットの声明では、「2050年には90億人を超えると予想される世界の人々に、食料を供給するためには、農業生産を現在と比べて70%増加させる必要があると見込まれる」と強調しています。

 07年の国連総会に提出された特別報告者の中間報告は、「すべての国は、国際貿易協定を含め、自国の国際的政治・経済政策が他国の食料に対する権利に否定的影響を与えないことを確保すべきである」と勧告しています。

 自国民のための食料生産を最優先し、実効ある輸入規制や価格保障などの食料・農業政策を自主的に決定する権利はますます重要です。「食料主権」の考え方は、国連総会決議でも強調されています。

 金融・経済危機からの経済回復では雇用重視こそ求められています。11、12日にソウルで行われた20カ国・地域(G20)首脳会議の首脳宣言は「回復の中核に雇用を位置づけ」ました。

 09年の第64回国連総会で採択した決議は、「すべての国の間で公平、主権、平等、相互依存、互恵、協力、連帯の原則に立脚した新国際経済秩序を目指して引き続き努力する」と指摘し、世界が目指すべき国際経済の新しい秩序の原則を強調しています。この決議は、124カ国の賛成で可決されました。一方、日本、米国、オーストラリア、カナダ、ニュージーランドなどの50カ国が棄権しました。

経済発展の方向

 日本共産党の市田忠義書記局長は19日の参院予算委員会で次のように指摘しました。

 「わが党は、世界経済が結びついて、貿易が拡大することそれ自体が悪いといっているわけではありません。そういうなかでも、たとえば『食料主権』のように農業、食料、あるいは環境、労働などは、市場だけに任せてはなりたたなくなるじゃないか。そこをはっきりさせて、それらを守るルールをつくることこそが、21世紀のまともな経済発展の方向だ」

米企業のための規制撤廃

日本財界も商機狙う

 TPP参加を進めようとしているのは米国と日本の財界です。

 米国のオバマ大統領は横浜APECで開かれた大企業経営者との会合、最高経営責任者(CEO)サミットでアジア太平洋地域において米国の輸出のシェアが低下していることを挙げ、「この状況を変えるためにTPPを追求する」と述べました。

 また、米通商代表部は「TPP参加交渉の目的は、過去の自由貿易協定(FTA)のモデルの上に米国の価値と優先事項を反映した新しい要素を組み込むことだ」(5月、インターネットを通じて行った国民との討論)と公言しています。関税だけでなく、「米企業が外国市場で直面する」各国の規制制度をなくし、エネルギー、環境技術、生物工学など米企業が「世界的に競争力を持つ」産業を有利にするのがTPPだといいます。

 日本の財界も米国の要求を実現することが日本の大企業の利益になるとして、日米財界人会議でTPP、FTAAPの実現を求めています。

 日本経団連は6月、APECへの要望書でTPP参加を政府に迫った際、「米国を含めたコネクティビティ(連結)」を強調しました。アジア・太平洋地域で大企業の活動を自由化するために「国境措置、国内措置を問わず、聖域を設けることなく、制度・ルールを大胆に見直す必要がある」と主張。「ヒト、モノ、資本、サービス」が国境を越えて行き来できるようにするため、農業に対する保護の撤廃、輸出入手続きの簡素化、外国企業の平等待遇などを要求しました。

二つのTPPとFTAAP

 ブルネイ、チリ、ニュージーランド、シンガポール4カ国で2006年5月に発効した自由貿易協定が環太平洋戦略的経済連携協定です。英語の呼称は「トランス・パシフィックSEP」。「トランス・パシフィック」は環太平洋、Sは戦略のストラテジック、Eは経済のエコノミック、Pは連携のパートナーシップです。略してTPPと呼んでいます。第3条4項で「加盟国は付属文書で決めた日程に従ってすべての関税を撤廃する」と定めています。

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 前文に「本協定への他の経済体(国・地域)の加入を促進する」、第1条1項「目的」には「本協定は締約国の合意で他の地域に拡大できる」と書かれ、初めから拡大を意図した協定です。現在、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシア5カ国が原加盟4カ国と参加交渉中です。5カ国が加わり、この9カ国が締結を目指す協定が「環太平洋連携協定」(TPP)と呼ばれます。

 このTPPに日本が参加することは、米国とオーストラリアという農林水産物輸出大国に門戸を開くことになります。

 それにとどまりません。今月、横浜市で行われたアジア太平洋経済協力会議(APEC)はTPPの拡大を通じてアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)を実現することを決めました。FTAAPはアジア・太平洋全域で貿易、投資を自由化する協定です。


 農林水産省のホームページから

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