2010年9月23日(木)「しんぶん赤旗」
主任検事逮捕“有罪ありき”検察の病理
事実曲げる強引捜査
障害者割引郵便制度をめぐる厚生労働省の偽証明書発行事件(郵便料金不正事件)で、大阪地検特捜部の主任検事として捜査の中心にいた前田恒彦容疑者(43)。「敏腕」と評判だった検事が、なぜ証拠改ざんに走ったのか。一個人の問題ではなく、検察組織のゆがみが浮き彫りになっています。(検察問題取材班)
偽証明書発行事件の公判で検察は、次のような構図を主張しました。
自称障害者団体「凛(りん)の会」の依頼で、偽証明書の偽造を厚生労働省の村木厚子元局長が元係長の上村勉被告(公判中)に指示した―。前田容疑者は、この構図を裏付けるために改ざんに手を染めたことが考えられます。
改ざんされたフロッピーディスク(FD)は、上村被告の自宅から押収されたもの。その中に偽証明書の作成データが入っていました。最終的な更新日時は「2004年6月1日」になっていました。
特捜部が郵便局員から聞くと、郵便局が凛の会に証明書の提出を要求したのは、早くても同8日でした。
つまり、偽証明書の作成は、それ以降になるはずです。前田容疑者は、更新日時を「2004年6月8日」に書き換えていましたが、この矛盾のつじつまを合わせるためだったと推測できます。
結局、改ざんしたFDは証拠として公判に提出されませんでした。しかし、刑事事件捜査の要である物証を改ざんしたのですから、背筋が寒くなるような行為です。
「被疑者を自白させる『割り屋』として優秀だと評価されていた。かなり強引な取り調べをしていたようだ。主任検事として、功をあせる気持ちもあったのではないか」。前田容疑者を知る司法関係者は、こう指摘します。
しかし、今回の問題は一個人の犯罪ではすまされません。大阪地検の特捜部長らが前田容疑者の同僚から改ざんの可能性を指摘され、地検上層部にも報告していたことが新たに明らかになっています。
検察は、これまでもたびたび問題が指摘されてきました。ゼネコン汚職事件では、検事が事情聴取中の参考人に暴力をふるって大問題になりました。
冤(えん)罪事件の公判でも、重要証拠を提出しないなど、事実をねじまげる強引な手法が問題になっています。
「初めに有罪ありき」という立場での密室の取り調べ、捜査過程もまったく情報公開しない―。こうした実態の中で、さまざまな弊害が生じているのです。
検察には、今回の事件を解明するとともに、組織全体の病根を徹底的に検証することが求められています。
特捜部主任検事とは
今回の捜査資料改ざん事件で逮捕された前田恒彦容疑者の大阪地検特捜部主任検事とは、どのようなポジションなのでしょうか。
特別捜査部(特捜部)は、東京地検、大阪地検、名古屋地検の3カ所に置かれています。
検察の仕事といえば、警察から送致された事件を起訴し、裁判で有罪の立証をすることを想像しがちです。
特捜部は検察による独自捜査を主な仕事にしています。政治家などによる汚職事件や経済・企業犯罪など、高度な知識を要する犯罪の検挙・摘発をする役割を担っています。
大阪地検特捜部には約10人の検事がいるとされています。「主任検事」は、個別の事件を指揮する重要な役割を持ちます。
主任検事は、対象とする犯罪の構図を描き、検事を束ね、作成した起訴状に署名する仕事があります。
主任検事は各事件の現場責任者ですが、上司である地検の検事正や次席検事などの決裁を受けて、事件に着手します。このため今回の事件では、検察内のチェック機能不全も問題になっています。
過去の主な検察不祥事(肩書は当時)
1993年11月 ゼネコン汚職で事情聴取中の参考人2人に暴行を加えたとして、東京地検特捜部に応援派遣された検事を逮捕、特別公務員暴行陵虐致傷罪で起訴
99年4月 月刊誌に女性問題が掲載された東京高検検事長が辞職
2001年3月 福岡地検次席検事が、福岡高裁判事の妻による脅迫事件の捜査情報を判事に漏らしたとして、停職処分を受け辞職
02年5月 捜査情報を漏らした見返りに暴力団関係者から接待を受けたなどとして収賄容疑などで大阪高検公安部長を逮捕
10年9月 郵便料金不正事件の捜査をめぐり、押収したフロッピーディスクのデータを改ざんしたとして、大阪地検特捜部主任検事を証拠隠滅容疑で逮捕
郵便料金不正事件 障害者団体が定期刊行物を格安で郵送できる制度が悪用され、実体のない団体名義で企業広告が大量発送された事件。大阪地検特捜部の捜査で、制度適用に必要な障害者団体の証明書が偽造されたことが判明。昨年7月、厚生労働省の村木厚子元局長、元係長上村勉被告らが起訴されました。しかし証人が相次いで捜査段階の供述を覆し、村木元局長の関与を否定。村木元局長は今年9月10日に無罪判決を受け、21日、最高検が控訴を断念し、無罪が確定しました。