2010年9月16日(木)「しんぶん赤旗」

きょうの潮流


 『蒲団(ふとん)』で知られる作家・田山花袋(かたい)は、大の旅好き、温泉好きでした。まだ鉄道や道路のとぼしい明治・大正期、「温泉というものはなつかしいものだ」といって、旅に出ました▼『温泉めぐり』に、彼の温泉への思い入れの深さがうかがえます。東北から九州、中国の「満州」、朝鮮まで。吹雪に凍えつつ山奥に分け入り、のんびり海を渡り、こまめに訪ね歩いた記録です▼たとえば、「吾妻(あがつま)の諸温泉」の見出しに誘われ、開く。利根川の支流、吾妻川の周りに散らばる温泉の紹介です。やはり草津を、吾妻の温泉の「帝王」とよびます。しかし、「風景の点から…一番すぐれている」と推す地が河原湯です▼いまの川原湯。深い谷をいかだが点々と流され下るさまは絵のようだ、とたたえます。そして、「春の河鹿(かじか)のなく頃(ころ)、秋の山の錦繍(にしき)を織り成した頃、静かに来て一夜泊まれば、その清興は容易に他に求めることは出来ないであろう」▼もし八ツ場(やんば)ダムができれば、花袋の愛した川原湯温泉は水に没します。渓谷の美観も、損なわれてしまいます。いま、ダム本体の工事はまだですが、橋や道路の周辺工事は続き、流域が荒れています▼八ツ場ダムの建設中止を公約する民主党が政権につき、1年。数十年におよぶ苦渋の末にダムを受け入れてきた地元住民の思いをくみつくしながら、むだなダムづくりをどう中止させるか。ちなみに花袋の夢は、草津や川原湯など吾妻の渓谷にわきだす温泉一帯を、「山の温泉公園」にすることでした。





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