2010年9月4日(土)「しんぶん赤旗」
きょうの潮流
作家の柳田邦男さんが、『犠牲(サクリファイス) わが息子・脳死の11日』で書いています。〈脳死をどう考えるべきかは、人間の「いのちと死」という広い視野のなかに脳死という問題を置いてみなければわからない〉▼次男の洋二郎さんは25歳の時、心の病から自死をはかり、脳死に陥ります。本人が骨髄バンクのドナー登録をしていたこともあり、柳田さんら家族は腎提供を決意。しかし、名前を呼ぶと血圧も心拍数も上昇し、体で語りかけてくる息子に迷いが生じます。血色が良く、温かい湿り気のある体にメスを入れることなどできるのか▼脳死とは何か。根本的な議論が不十分なまま成立した「改正臓器移植法」が7月に施行され、家族の承諾による脳死移植が2カ月弱で5例目となりました。死の定義も大きく変化。「脳死は人の死」に▼臓器移植を待つ患者家族のことを思えば、積極的に評価すべきなのでしょう。同時に、死にゆく側の患者家族の気持ちは置き去りにされていないか。ドサクサの中で、こたえをせかされることはなかったか。気になるところです▼施行前、わが子の脳死に直面した家族に密着した番組がありました。印象的だったのは、脳死判定の後、パジャマを作り、だっこをし、子守歌を歌って聞かせる母親の姿でした。〈家族にしてみれば、脳死状態に陥ったわが子の脳だけを見て語りかけているのではない〉▼「改正臓器移植法」では、子どもの臓器提供も可能になります。家族の思いに寄り添った丁寧な対応を望みたい。