2010年4月28日(水)「しんぶん赤旗」

きょうの潮流


 1942年の4月、エレーヌ・ベールは日記をつけ始めました。彼女は21歳。ユダヤ人。パリの大学で英文学を学んでいました▼パリと音楽を愛し、恋に心をこがすエレーヌ。聡明で感じやすい若い女性の内気と情熱が生んだ日記は、人と社会を鋭く観察した心理劇のようです(飛幡祐規訳『エレーヌ・ベールの日記』)。同年5月、ナチス・ドイツはユダヤ人に黄色い星を着けるよう強制します▼てのひら大の六角星。「ユダヤ人」と大きく記す。左胸によくみえるようにしっかり縫いつけよ。彼女は、着けまいと決めます。服従のあかしだから。しかし、考え直します。他の人たちが着けるなら、自分がしないのは卑怯(ひきょう)だ、堂々としていたい、と▼ドイツ生まれのユダヤ人画家ヌスバウムは、「ユダヤ人証明書をもつ自画像」を描きました。ユダヤの星を着けた図。しかし彼は、ふだん決して星を着けなかったそうです。あらためて絵をみると、彼の皮肉に気づきます。なんと、星は左胸でなく右胸に…▼「追い詰められた者の自画像。しかし…ナチスに屈してはいない。そのはね返すような真直(まっす)ぐなまなざしに、私ははっきりと彼の抵抗をみる」(大内田わこ『「ダビデの星」を拒んだ画家フェリックス・ヌスバウム』)▼星を拒み抵抗したヌスバウム。着けて抵抗したエレーヌ。ともに強制収容所で命を絶たれた2人の絵と日記は、受難の時代の魂の記録です。アウシュビッツでの収容が1週間だけ重なる2人は、出会っていたのでしょうか。





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