2010年2月4日(木)「しんぶん赤旗」
オオワシ 諏訪湖に
保護から11年連続飛来
その名は「グル」。長野県中央部の諏訪湖にこの冬もやって来た雌のオオワシです。1999年1月4日、衰弱し、湖面に浮かんでいるところを発見され、人の手で保護されました。49日間の飼育をへて、再び自然界に戻ったグルは、その後、11年連続して諏訪湖に越冬飛来しています。(豊田栄光)
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グルの名は、保護して間もない車中で「グルッ」と鳴いた声に由来します。当時、飼育にあたった日本野鳥の会諏訪支部長の林正敏さん(65)は、「天然記念物のオオワシは貴重な生物。生きて収容した例は長野県では、このときが初めて。死なせてはならない、寝てもさめてもグルのことばかり考えていました」と振り返ります。
グル1羽だけ
保護から3日間は、林さんがグルの口の中に手を入れ、のどまで餌を押し込み、手で首をもみながら胃まで到達させました。「鳥の平熱は41度ほどです。指先で感じるグルの体温は熱かったです。人間とは異なる生き物だと思いました」
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オオワシは全長約1メートルで、翼を広げたときの長さは約2・4メートルになります。主な繁殖地はロシアのオホーツク海沿岸北部。日本に飛来するのはおよそ2000羽、大半は北海道で越冬します。長野県内では、毎年決まって飛来するのはグル1羽だけです。
林さんは、空き家だった実家の土間を飼育室として使いました。放鳥前、木綿に生ゴムをはさんだロープをグルの足につけ、近くの水田で飛行訓練も行いました。
緑色の便を発見したときは、鉛中毒を心配し、北海道の専門家にグルの血液を送り調べてもらいました。「これほど鉛に汚染されていないオオワシは非常に少ない、との回答がありました」
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保護されたとき5・8キロだったグルの体重は、放鳥時には6・49キロに増えていました。「放鳥したとき、グルの飛行には心もとなさを感じました。翌年、諏訪湖に戻ってきたときは胸がジーンとしました」。林さんにとって「グルはわが子」なのです。
飼育で50年以上生きたオオワシは存在しますが、自然における寿命は未解明です。「たとえ1羽であっても、グルがその手がかりになれば」と林さんは期待しています。
小学校学習に
グルの飛来は人々にさまざまな影響を与えました。小学校の総合学習、短歌、俳句、エッセー、漫画の題材となりました。地元だけでなく、関東地方から野鳥愛好家が集うようになり、観光振興にもなっています。
諏訪湖に注ぐ渓流で今年1月15日から開始予定だった公共事業・砂防えん堤工事が延期になりました。現場はグルの休息地。工事が与える影響を考慮し、北帰行(2月下旬)まで環境を守ることになったのです。
林さんは「工期が厳しいなか、建設会社も行政も自然保護に重きを置いてくれました。いままでにないことです」と喜んでいます。
諏訪湖周辺では食物連鎖の頂点にたつオオワシ。ほかの生き物に緊張感を与えています。グルが攻撃にかかろうとすると、カモはすぐ飛び立てる態勢をとります。「自然界にとっては良いことだと思います」と林さん。
「私はグルをより近くで見たいとは思わないのです。はるか尾根の上空に舞う、小さなグルの姿を見る方が安心します」
林さんの願いはグルにも届いていることでしょう。「1年でも長く、諏訪湖に来て、湖上高く、悠然と舞ってくれ!」
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