2009年11月30日(月)「しんぶん赤旗」
米軍基地撤去 県民揺るがず
自宅上空に爆音機 耳鳴り止まらない
沖縄・普天間
沖縄県の米軍普天間基地(宜野湾市)をめぐって、新政権の迷走ぶりに拍車がかかっています。それとは対照的に、まったく揺るがないのが、名護市辺野古への「新基地建設反対」、「県内たらい回し反対」にかける沖縄県民の決意です。2万1千人が結集した「11・8県民大会」から3週間。「基地撤去」への県民の思いを聞きました。(竹原東吾)
日の暮れた嘉数高台公園(宜野湾市)の展望台。「あー来たよ」。公園の真横に暮らして15年になる大城清武さん(74)が指をさします。米軍機が1機、かん高い騒音をまき散らしながら住宅地の上を低空で飛び、青く光る誘導灯に吸い込まれるように着陸していきます。
離着陸時に旋回してくる米軍機は、大城さんの自宅の「約100メートル」上空を通過します。ときにはパイロットの姿を確認できるほどの近距離だといいます。爆音が原因なのか、左耳は“チー”という金属音のような耳鳴りがやみません。
「基地を何とかしてくれるかも」。今夏の総選挙で、大城さんは普天間基地の「県外国外移設」を主張した民主党に大きな期待をかけました。いまは―。
「公約というのはマニフェスト。あえて普天間という言葉を書かなかった」(岡田克也外相)などと、ぶれる閣僚の態度に「本当に大丈夫なのか」と思います。「もし民主党が自公政権と同じ態度をとるならば、沖縄130万県民をだましたようなものだ。(公約を)信じたほうが悪かったのか…」。一方で、「基地問題で、県民をだまし続けた自公よりはまだましだ」との思いも残ります。
「いつまで沖縄に基地を閉じ込めればいいのか。同じ県民が、同じ爆音の苦しみにさらされる『基地たらい回し』はやめてほしい。普天間は即時閉鎖だ」
平和願い鉄線にリボン
座り込み 「いまが正念場」
普天間基地の滑走路北側の延長線約1・5キロに、仲村渠永昭(なかんだかり・えいしょう)さん(54)の自宅があります。
上空「150メートルほど」を飛び、離着陸する米軍機が原因で、ふすまや家具はガタガタと振動。通過時には5秒間、テレビの音が聞こえず、画面も映らない状態です。
KC130空中給油機や戦闘機のタッチアンドゴー(離着陸訓練)、十数機で飛びまわるヘリ群。まき散らされる爆音は、「ダンプカーが上を通りすぎるよう」「脳みそがかきまわされるようだ」といいます。
仲村渠さんは係争中の「普天間爆音訴訟」で訴訟団事務局次長を務めます。「普天間は、まず閉鎖だ。(民主党は)相当な決意を持って(米国と)交渉してもらわないといけない」とクギを刺します。
そして、こう警告しました。「普天間のヘリは『どこに持って行くか』ではない、『持って帰りなさい』ということだ。それでも(辺野古に)移すというのであれば、全県民的な反対運動が起きますよ」
米軍新基地建設反対の座り込みから「2043日」が経過した21日、名護市辺野古の浜にあるテント村。ドラム缶に炭がくべられ、冬を迎える準備が着々と進んでいました。
この日、沖縄医療生活協同組合の座り込み「5周年」集会が開かれていました。同医療生協・平和活動委員会事務局長の仲西常幸さん(58)は「6周年集会がないようにする決意だ」と語ります。
県内各地から結集した100人の組合員は、「普天間基地の撤去、県内移設阻止へガンバロー」と唱和。辺野古の空に向けて、こぶしを突き上げました。
参加者の1人、医療生協伊良波支部の赤嶺典子さん(56)=豊見城市=は、辺野古の浜の隣に居座るキャンプ・シュワブの鋭利な鉄線に、平和を願うリボンを巻き付けながら話します。「県民の思いは普天間基地の閉鎖・撤去であって『移設』ではありません。安保条約をなくせば、基地はなくなります。いまが正念場だと思う」