2009年11月16日(月)「しんぶん赤旗」
後期高齢者医療 一から考える
ただちに廃止を 先送り道理なし
「今度の総選挙の結果で自公政権が退場したから、『後期高齢者』、この言葉も退場かと思っていた」。国民の願いを代弁した日本共産党の小池晃政策委員長の参院予算委員会(9日)での追及に、鳩山新政権は言い訳ばかり。冷たい政治の象徴といわれた後期高齢者医療制度とは、一から考えます。
どんな制度なの?
保険料上昇
高齢化・医療費に連動
「医療費が際限なく上がっていく痛みを、後期高齢者が自分の感覚で感じ取っていただくことにした」
後期高齢者医療制度導入を前に、厚生労働省の老人医療企画室室長補佐(当時、2008年1月18日の講演)が語った言葉です。この言葉に、導入の狙いが端的に示されています。
75歳以上の高齢者を、これまで加入していた医療保険(多くは国民健康保険)から脱退させ、強制加入させたのが、後期高齢者医療制度(約1300万人が加入)です。サラリーマンや公務員の「扶養家族」となっていた人は、家族と同じ保険から切り離され、個人として保険料負担を強いられることになりました。
生活が貧しくても保険料の全額免除はありません。住民税非課税の低所得者や無収入の人も含め、生活保護受給者以外の全員に保険料が課せられます。
保険料額は、後期高齢者の医療費と人口の増加に連動して2年ごとに上がります。高齢者は医者にかかる機会が多く、医療費は当然、増えます。高齢化が進む限り、際限なく保険料が値上がりすることになる仕組み。長寿を祝うことを許さない、非人道的な制度といえます。
団塊の世代が75歳になる25年には、保険料は現在の2倍以上(年額16万円)に達すると試算されています。保険料を上げたくなければ、医療費を増やすな、病気もがまんして病院にいくな、というのが後期高齢者医療制度なのです。
年金天引き
滞納は保険証取り上げ
年金暮らしが多い高齢者のなかには重い保険料負担が払えない人が出てきます。そこで、後期高齢者医療制度では、保険料の取りはぐれがないように、月1万5千円以上年金がある人からは保険料を天引きします。(国民的な批判を受けて、口座振替も選択可能に)
年金が月1万5千円に満たない人は、保険料を自分で納めます。これらの低所得者が1年以上滞納した場合は、保険証を取り上げて資格証明書を発行します。制度導入前は、75歳以上の人からの保険証取り上げは禁止されていましたが、後期高齢者医療となり、取り上げが法律に明記されました。資格証になれば、病院でいったん医療費の全額(10割負担)を支払わなければなりません。受診の足を止めさせるペナルティー付きの制度になったのです。
医療も差別
90日超で退院迫られる
重い負担を課して医療費を抑制するだけでなく、後期高齢者は、受ける医療も差別、制限されています。
外来では、高血圧や糖尿病などの慢性疾患を抱える高齢者が「主な病気を一つ」決めて、一人の「担当医」を選ぶという「後期高齢者診療料」が導入されました。どんなに検査や画像診断をしても「担当医」に支払われるお金は月6千円の定額制(包括払い)になり、丁寧な検査や診断をするほど診療所側は「赤字」になります。
入院では、90日を超えると医療機関に支払われる入院料が大幅に減額されたうえに、治療や検査なども入院料に含まれてしまい、治療をしても、その分の診療報酬は医療機関に1円も支払われない仕組みが導入されました。医療機関は赤字になるため、患者に退院を求めざるを得なくなり、転院先を探し回る「医療難民」がうまれています。
さらに、「後期高齢者終末期相談支援料」の名で、医師が延命治療の希望の有無などを本人や家族と相談し、書類を作成すると報酬が支払われることになりました。
これらの差別医療は、全国各地の医師会がボイコットを表明するなど国民の強い反発にあい、自公政権は、一部凍結や是正、本格導入断念を表明せざるを得ませんでした。
長妻昭厚労相は、これらの見直しを表明していますが、高齢者の医療費抑制の制度が廃止されない限り、差別医療の根は絶てません。
だれが導入したの?
自公政権が強行
民主、節目で後押し
共産党は当初から反対
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高齢者の医療費を抑制するため、旧政権は長年にわたって、高齢者を差別する医療制度の実現をめざしてきました。
1997年6月12日、国民に約2兆円の負担増を押し付ける医療保険改悪案が参院厚生委員会で可決されました。このとき、「老人医療制度について、できるだけ早期に新たな制度の創設も含めた抜本的見直しを行う」という付帯決議が、自民、社民、民主など各党によって共同提案され可決されました。反対したのは日本共産党だけです。
この決議を受け、小泉純一郎厚生相(当時)は同年8月、「21世紀の医療保険制度(厚生省案)」を作成、公表しました。
そこでは「新たな高齢者医療制度は、若年者の医療保険制度とは別建て」「全ての高齢者について保険料を徴収」という考えが打ち出されました。後期高齢者医療制度の原型です。
2000年の健康保険法改悪案の審議では、「老人保健制度に代わる新たな高齢者医療制度等の創設については、早急に検討し、02年度に必ず実施」「老人医療及び慢性期医療については、包括・定額化を更に進める」という付帯決議が、自民、民主、公明、社民などの共同提案でだされ、日本共産党以外の賛成で可決されました。(00年11月30日、参院国民福祉委員会)
政府は決議をお墨付きに、後期高齢者医療制度づくりを進めました。
06年、後期高齢者医療制度の創設以外にも窓口負担増大などさまざまな改悪を盛り込んだ医療改悪法案が審議されました。日本共産党は、小池晃参院議員らが「うば捨て山になるという批判は当然だ」と後期高齢者医療制度を批判しました。
法案は自公の賛成で成立。民主党などは法案自体には反対しましたが、「後期高齢者医療の新たな診療報酬体系」を求めることを盛り込んだ付帯決議には賛成しました(同年6月13日)。この時も、付帯決議に反対したのは日本共産党だけです。
朝日新聞の星浩編集委員は、法案が提出された06年からの小池議員はじめ日本共産党の国会論戦を高く評価したうえで、「共産党は、その後も『差別医療につながる』とキャンペーンを展開した。…小池氏らの地道な取り組みは評価に値する」(08年6月17日付のコラム)と書きました。
自治体担当者 「『赤旗』が一番詳しい 制度開始前からキャンペーン
「しんぶん赤旗」は、後期高齢者医療の制度がよく知られていなかった開始前から、高齢者に高額な負担と差別医療を押し付ける内容であることを分かりやすく紹介し、廃止・撤回のキャンペーンをはってきました。
99年から企画記事で危険性を訴え、01年には連載を掲載。07年8月からの約1年だけでも日刊紙で連載8本、回数にして44回、見開き特集など、ほぼ毎週、途切れることなく掲載しました。
自治体担当者からは、「『赤旗』が一番詳しい」(青森県のある市の担当職員)、「他の新聞も読んでいるが後期高齢者医療の問題は『赤旗』がいちばんよくわかる」(奈良市の幹部職員)と注目されました。
政権就き態度急変
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民主党は、8月の総選挙で「年齢で差別する制度を廃止して、医療制度に対する国民の信頼を高める」と廃止を公約しました。
そもそも昨年6月に4野党(民主・共産・社民・国民新)が共同し参院で成立させた廃止法案は、今年4月には元の老人保健制度に戻す内容でした。委員会審議の冒頭、法案提出者の代表となった民主党議員は、「高齢者の皆さんが安心して医療を受けられる内容になっておりませんので、一刻も(早く)廃止をさせていただきたい」(08年6月3日の厚生労働委員会で大塚耕平議員)と成立を求めたのです。
旧政権の理屈
それが政権につくと態度が後退。「老人保健制度に戻すだけでも2年かかることがわかった」「混乱を生じてはいけない」と、廃止法案成立に反対した自民・公明の旧与党や厚労省が持ち出したのと同じ理屈で、廃止に「待った」をかけています。
4年以内に新制度に移行するから“廃止に変わりはない”と国民の期待に背を向けているのです。
後期高齢者医療制度は、1日でも長く続けば、それだけ被害を広げます。
75歳の誕生日を迎えた高齢者は新たに後期高齢者医療制度に入れられ、保険料を負担することになります。しかも保険料は2年ごとに際限なく上昇。85歳までに5回も値上げ通知を受け取らなければなりません。
長妻厚労相は来年4月には全国平均で12%上がるとのべています。新政権がいう「軽減措置」を講じても、平均的な厚生年金を受け取る単身世帯で年約1万円、夫婦世帯で1万2千円超の値上げになるとの試算(東京都広域連合)もあります。
低所得者を中心とする保険料滞納者からの保険証取り上げ問題も深刻です。長妻厚労相は、医療費全額を病院で払わなければならない資格証は原則として発行しないといいます。しかし、有効期限を短くした短期保険証は2万8千人以上に発行されています。期限が切れて新たな保険証が出されなければ無保険状態になります。医療を受ける権利の侵害です。
新政権のいう新制度は、まだ影も形もなく、4年でまとまる保障はどこにもありません。さらに、民主党がマニフェストで掲げている現役世代の医療保険(健保・国保)の一元化には異論百出。新制度創設を廃止の前提にすれば、廃止はずるずる先送りされかねません。
火消しサボる
「火事が起こっているのを消そうと思っている最中に、新たな家の設計図を持ってこないと無責任だという議論は成り立たない。まず火を止めることがわれわれの今の役割だ」(08年6月3日の参院厚労委で民主党の福山哲郎議員)という主張こそ、正論です。新制度ができるまで「火消し」をサボる姿勢には、まったく道理がありません。
老人保健制度についても、民主党は「問題は制度にあるのではなく、器をせっかくつくったにもかかわらず、予算を削減していること」(同日の参院厚労委で鈴木寛議員)にあると自公政権を批判し、老人保健制度に戻すよう主張していたのです。
「75歳で人を区別する信じられない発想」(鳩山由紀夫首相)の制度は、一刻も早く廃止するのが筋です。
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廃止法案審議時の民主党議員の発言 参院厚生労働委員会(08年6月3日)
●いわゆる後期高齢者と言われる方々が、何で自分らは区別、差別をされるんだと…非常に不安と、そして怒りに満ちた制度になってきた。…旧老人保健制度の持っている足りない部分をもってしても、とにかくいったん元に戻すことが非常に重要な課題だと4野党で認識を共有させていただいた(福山哲郎議員)
●一回、元に戻しまして、戻した上で旧老健制度が持っている医療政策の問題点を是正することに全力を尽くさせていただきたい(大塚耕平議員)
●医療費削減のためだけに制度が設計されています。…本来必要であるべき医療が受けられなくなってきている。…相当な僕は差別的な政策ではないのかなと、そう思っております(櫻井充議員)
●(老人保健制度に戻した上で)来年度予算要求でもってきちっと国保の手当てをするというのがわれわれの考え方(鈴木寛議員)
共産党の主張は?
日本共産党は、後期高齢者医療制度をすぐに廃止し、老人保健制度に戻すよう求めています。老人保健制度に戻すのに伴う国民健康保険(国保)の財政負担などは、国の責任で補てんします。
老人保健制度は、高齢者が国保、健康保険(健保)など、それぞれの医療保険に加入したまま、医療の給付は住んでいる市町村から受ける制度です。高齢者の医療費を公費と各保険からの拠出金によって支え、高齢者の窓口負担を一般より低くするための仕組みです。
老人医療費が有料化された83年から実施されています。日本共産党は、老人保健制度の導入と同時に有料化されたために、法案には反対しました。その後は、国庫負担削減や患者負担増など旧政権による制度改悪に反対してきました。
高齢者医療の財政を悪化させた要因は、国庫負担の削減です。老人医療費に対する国庫負担は、45%(83年)から07年には37%まで落ち込み、後期高齢者医療制度の導入で08年には35%とさらに下がりました。
日本共産党は、老人保健制度に戻した上で、75歳以上の人の医療費を無料にすることをめざします。国保への国庫負担を増やし、国保保険料の負担を軽減します。
5兆円に上る軍事費や大企業・大資産家への応分の負担という「聖域」にメスを入れれば、財源を生み出すことが可能です。民主党が掲げる高速道路無料化にかかる1兆3000億円があれば、高齢者と子どもの医療費を国の制度として無料にすることができます。
選挙に勝つ方便だったか
全日本年金者組合 篠塚多助委員長
野党のときには廃止法案まで出したのだから、新政権ができたらすぐ廃止してくれるものだと思っていたのに、総選挙が終わったら先送りだという。みんな怒っていますよ。廃止を叫んだのは総選挙に勝つための方便だったのでしょうか。
来年には保険料が6千〜7千円値上がりするという話も聞こえてくるし、現場は不安を感じています。
新政権も臨時措置をとるといっていますが、それでいいという話でもありません。「うば捨て山」と呼ばれる年齢だけで高齢者を差別する制度であり、われわれの一生をどうみているのかという問題なのです。
混乱が起こるというけれど、山で道に迷ったと思ったら、すぐに戻れというでしょ。戻らなかったら遭難する。一刻も早く廃止し、元の制度に戻すのが一番いいんです。
新しい制度ができるまで待てというのでは、いつになるか分からない。欠点はあるけど老人保健制度に戻し、そこから本当に安心して医療を受けられる制度をつくるべきです。
「すぐに廃止すべきだ」と追及した日本共産党の小池晃参院議員の国会質問を見ていると、政権にも迷いを感じます。来年には参院選もあるし、運動いかんでは政府の姿勢を変えることができる。なんとしても廃止に向け頑張りたいと思っています。
温存するほど被害増える
中央社保協 相野谷安孝事務局長
後期高齢者医療制度は温存すればするほど被害を受ける人が増えます。毎日、おおよそ4千人が75歳の誕生日を迎える計算です。その人たちに“もうあなたは用済みです”と通知するような保険証が届いているのです。
厚労省は、「資格証を発行するな」と各広域連合に通達しましたが、現地の担当者は、法律どおり執行したい、と言っています。発行に歯止めがかかる保証はありません。
鳩山首相は、老人保健制度に戻すのに2年かかるといいますが、システム的には、そんなに時間を要する話ではありません。
政権任期の4年以内に新しい制度に移行させるともいいますが、民主党の主張する医療保険の一元化は、そう簡単に実現できる制度ではありません。3〜4倍の保険料の開きがある健保と国保を一緒にするのは困難だし、健保にだけある事業主負担をどうするかも大問題です。
仮に、3年半ほどで新しい枠組みができたとしても、新制度への移行に、さらに2、3年かかるでしょう。廃止を新しい制度まで待てというのは、後期高齢者医療制度の先送りにほかなりません。
この制度は、高齢者に「病気になるのは自分の責任」として負担を課すことで医療を抑制することが目的の「うば捨て」です。だから当事者は、猛反発をしたのです。今すぐ廃止させなくてはいけません。
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