2009年11月3日(火)「しんぶん赤旗」
最低基準撤廃の動き緊迫 保育所
布団びっしり 詰め込み限界
子ども1人当たりの部屋の最低面積などを国が定めている保育所の最低基準。これを撤廃しようとする動きが「地方分権」の名で進んでいます。最低基準などの撤廃の可否についての各省庁回答期限(4日)を前に、長妻昭厚労相は先月末、都内の保育所を視察しました。事態が緊迫するなか保育現場は―。(坂井希)
10月下旬のお昼時、神奈川県内の認可保育所を訪ねました。
18人の定員に19人が在籍する3歳児クラス。まだ数人の子どもが部屋の隅で食事を続ける横で、職員が慌ただしくござを広げ、布団を押し入れから出しています。お昼寝の準備です。
食べ終えた子どもたちは、パジャマ姿で壁に背中をくっつけて並び、待っています。
「終わったよ」。部屋いっぱいに布団が敷き詰められました。職員は子どもたちのもとへ、布団を踏みながら歩いていきました。
「食事と昼寝の場所が同じなので、食べるのに時間がかかる子は途中で移動してもらうなど、どうしてもバタバタしますね」と園長(64)は語ります。
この園を含め、全国の認可保育所の多くは1970年代に整備されました。ほとんどが、国の最低基準の2倍程度の面積を確保して建てられています。
「だから、待機児解消のために定員以上の園児を受け入れることもできる。面積基準だけからいえば『もっと詰め込めるだろう』といわれるかもしれない」と園長。「でも、これ以上は無理。保育がパンクします」
収納スペースも足りず、着替えなどで大きく膨らんだバッグが、廊下にずらりとつるされています。
最低基準を満たしている認可保育所でも、こうした状況です。
「今でさえ不十分な基準をさらに緩めたら、子どもの育ちが犠牲になる」と、園長は表情を曇らせます。
国の整備計画が急務
現行の最低基準は1948年、敗戦直後の時期に定められました。当時の貧しい生活水準や財政事情から、かなり低いものとせざるを得ませんでした。
諸外国と比べても、日本は面積でも職員配置でも最低水準です(表)。
すでに定員超す
待機児対策として国が進めてきた「詰め込み」が、事態をさらに深刻にしています。
厚生省(当時)は98年に「定員の弾力化」を打ち出し、4月当初は定員の15%、年度途中は25%超までの入所を認めました。01年度からは、年度後半は何人超過してもいいというところまで規制を緩和。最低基準の範囲内で行うとされていますが、基準を割り込む例も生まれました。
大阪保育運動連絡会の仲井さやか事務局長は「大阪市では昨年度、定員の223%まで子どもを受け入れた園も出ました。廊下や、子どもが入れないつり棚の下まで保育室にカウントし、子どもを目いっぱい詰め込んでいます」と告発します。
「『定員の弾力化は緊急避難的な措置だ』と国は説明してきました。現場も数年のことだと思い、頑張って応えてきたのです。それが、今では待機児解消の一番の施策です。そのうえ最低基準をなくすとは、この状況を永続化するというのでしょうか」。仲井さんは怒ります。
児童福祉施設最低基準は、厚労相に「最低基準を常に向上させるように努めるものとする」(第3条)との義務を課しています。この義務をどう果たすのかこそが、いま問われています。
国補助減る危険
“最低基準を地方の実情に合わせて決められるようにすれば、都市部などで保育所がつくりやすくなる”という論調があります。
しかし、保育問題に詳しい村山祐一帝京大教授は「実際には、地方財源が減り、今よりつくりにくくなるかもしれない」と警告します。
最低基準は、国が自治体に支出している補助金の水準の根拠となっているからです。
最低基準が地方ごとにバラバラになれば、国が出す補助金の根拠もなくなります。自治体の財政状況により、保育所整備や職員配置などで、いま以上に大きなばらつきが出る危険があるのです。
村山教授は「地方分権というのは、憲法に基づくナショナルミニマム(全国一律の最低基準)があり、それを上回る水準を各地方が目指すのが本来のあり方。最低基準が自治体の手を縛っているかのようにいうのは間違いです」と批判します。
待機児解消のためには、国が整備計画を立てることが急務です。村山教授はいいます。「国有地なども総点検し、市民にも土地の提供・貸与を呼びかけるなど、あらゆる創意工夫を発揮することが大切。国も自治体も、その努力を尽くしているとはいえません」
|
児童福祉施設最低基準 保育所などの児童福祉施設で「健康で文化的な最低限度の生活」(憲法25条)が保障されるよう厚労相が定めているもの。職員配置はゼロ歳児3人に保育士1人、4歳児以上では子ども30人に保育士1人など。2歳以上児の保育室の面積は子ども1人当たり1・98平方メートル(約1・2畳)、園庭(近くの公園などでも代替可)は1人当たり3・3平方メートル(約2畳)など。
地方分権推進委の勧告 政府の地方分権改革推進委員会(委員長=丹羽宇一郎伊藤忠会長)が第3次勧告で、福祉施設の設置・運営の最低基準を含む892項目について、国の基準を廃止または地方自治体の条例に任せるよう求めたもの。内閣府は、このうち保育所最低基準など103項目について、4日までに実行の可否を回答するよう各省庁に要請しています。