2009年8月6日(木)「しんぶん赤旗」
主張
広島・長崎64年
被爆者の悲願に応え核廃絶を
アメリカが1945年8月6日広島に、続いて9日長崎に原爆を投下してから64年になります。
いま世界ではオバマ米大統領が4月にチェコのプラハで「核兵器のない世界」を追求すると宣言したことで、核兵器廃絶の流れに新たな勢いがついています。被爆者も「生きているうちに確実に核をなくしてほしい」と声を強めています。この被爆者の願いにこたえることが、唯一の被爆国日本の責務です。
諸国民の運動が原動力
原爆投下による爆発と爆風、熱線、放射線は、一瞬のうちに広島・長崎両市を壊滅させ、広島市では14万人以上、長崎市では7万人以上の命を奪いました。そのとき助かった人たちも救護などで入市した人たちも、その後原爆症で苦しみ、毎年少なくない方々が亡くなっています。ごく初歩的な原爆でもたった1発でこれだけの被害をもたらしたのです。
核兵器廃絶には広島・長崎の被爆実態の直視が不可欠です。「人類は私たちの犠牲と苦難をまたふたたび繰り返してはなりません」(1956年の被団協結成宣言)との被爆者の訴えに、核兵器保有国は耳を傾け、「核なくせ」の悲願に応えるべきです。
オバマ大統領はプラハ演説で、「1発の核兵器がどこかの都市で爆発すれば…何十万の人々が死ぬかもしれない」「われわれの究極的な生存にも計り知れない影響となる」とのべて、拡散の危険だけでなく、核兵器そのものの危険性を指摘しました。そして、米国は「核兵器を使用したことのある唯一の核兵器保有国として、行動する道義的責任がある」と表明し、核兵器廃絶に向けて世界の諸国民に協力を呼びかけました。この核兵器保有超大国アメリカの動きが核兵器廃絶の運動に画期をもたらすことは明白です。
「原爆投下64年」に合わせ被爆地を訪問するデスコト国連総会議長も「地球上から核兵器を廃絶するのはわれわれの義務」「互いに手を取り合っていきたい」とのべています。国連の会議でも核兵器廃絶の声が強まっています。
この変化を受けて被爆者をはじめ平和を願う世界諸国民の草の根の運動が活気付き、「核兵器のない世界」を求める国際署名運動が強まり、核兵器廃絶を求める世論がさらに広がってきています。
「非核の日本」実現こそ
核兵器廃絶に向けたたたかいを大きくすることが、核兵器廃絶への流れを加速し、「核なくせ」の願いを現実のものにする最良の力となるのは明らかです。
問われるのは、核兵器廃絶に向けた劇的な変化がおこっているのに核兵器廃絶のための外交的努力を何ひとつとろうとしない日本の自公政権の態度です。それどころか米軍の核兵器を日本に持ち込ませる「日米核密約」に固執し、アメリカに「核の傘」を維持するようせまっています。自民党の総選挙マニフェストには「廃絶」の文字さえありません。
日本共産党は、アメリカへの「核依存」をやめさせ、「日米核密約」を破棄することを要求するとともに、「核の傘」から離脱して名実ともに「非核の日本」をつくるために力をつくしています。
被爆国日本を「非核の国」にすることは、核兵器廃絶の流れを加速するうえでも重要です。
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