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2009年7月16日(木)「しんぶん赤旗」

「核なき世界」を模索

「凍結運動」を超える視点

オバマ氏の学生時代論文


 オバマ米大統領がコロンビア大学の学生だった1983年に「核のない世界」に言及した論文を校内誌に書いていたことが分かり、話題になっています(本紙11日付「潮流」既報)。

 この論文は、『サンダイアル(日時計)』に書いた「戦争メンタリティー(思考方法)の打破」。学内の反戦組織の活動を紹介し、好戦的思想を打ち破るにはどうすべきかを探っています。

 当時はレーガン政権の時代。ソ連を「悪の帝国」と呼び、欧州への中距離核ミサイルの配備など核軍拡を強行する同政権に対し、その停止を求める「核凍結運動」が米国で広がっていました。レーガン大統領の娘パティも同運動に参加。驚いた大統領は、SDI(戦略防衛構想=現在のミサイル防衛)配備を条件に、「私たちの夢は、核兵器が地上からなくなる日が来ること」(83年11月、日本の国会での演説)だと語るに至りました。

 オバマ論文で注目されるのは、この核凍結運動に批判的な目を向けていることです。

 論文は、「一般的には、凍結運動の焦点の狭さや、(核攻撃から生き残る核能力を持つことが相手に攻撃を思いとどまらせるなどという)第一撃能力か第二撃能力かといったアカデミックな議論は、引き続き何十億ドルもする軍備の助けになるものであり、軍事・産業的利益に奉仕するものだ」と述べています。

 さらに、「経済・政治問題から切り離された軍縮・軍備管理問題は、病気それ自体ではなく問題の兆候にだけ焦点を当てることにならないか」とも問うています。

 論文はまた、核実験停止条約が「核のない世界に向けた強力な第一歩」となるとの一学生活動家の言葉を紹介しています。

 当時の核凍結運動はレーガンの大軍拡に反対する運動でしたが、膨大な核兵器を保有したままの現状維持につながるとの批判もあり、国際的に議論になっていました。オバマ論文は、その核凍結を超えて、「核のない世界」を志向する性格を強く持つものでした。

 オバマ論文を紹介したニューヨーク・タイムズ電子版5日付によれば、オバマ氏はゼミの指導教官に提出した別の論文で、米大統領がロシア側と核軍縮交渉をする方法を考察。同教官は、「彼は、この問題を長期にわたって考えてきた。顧問の一人が『これを提案したらどう?』と声をかけて言い出したようなことではない」と語っています。



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