2008年12月12日(金)「しんぶん赤旗」
経済時評
非正規労働者の解雇
目を覚ませ、財界・経営者
御手洗冨士夫日本経団連会長(キヤノン会長)は九日の記者会見で、最近の目に余る大企業の派遣労働者、期間労働者などの解雇について、経営者にとっても「苦渋の選択」などと述べました。
これまで六年間も増収増益を続け、来年三月期決算でも、利益幅こそ少し減るとはいえ、まだ巨額な利益予想をしているのに、なにが「苦渋の選択」でしょうか。
この師走の寒風のなか、職場を失い、寮からも追い出されたならば、いったいどうやって年を越せばよいのか。「苦渋の選択」などという空々しい物言いを聞くと、日本の財界は「大企業の社会的責任」をいったいどう考えているのか、と問いたくなります。
ワーキングプアから“ワーキング”を奪う
日本の大企業が史上最高の利益を謳歌(おうか)してきた二〇〇三年三月期から今年三月期までの大企業(資本金十億円以上)の経常利益を集計すると、実に百六十兆円にも上ります。
ちょうどこの時期、まさに“大企業の繁栄”と表裏の関係で、“ワーキングプア”という言葉が広がったのは偶然ではありません。“大企業の繁栄”を、そのもっとも下積みの部分で支えてきたのは、劣悪な労働条件に耐えて、昼夜を問わず働いてきた、幾百万の派遣・期間などの非正規労働者にほかなりません。
その派遣・期間労働者を解雇することは、ワーキングプアの“ワーキング”さえ、奪ってしまうことになります。
本紙が試算して報じたように、トヨタが解雇を発表した三千人の解雇をしないためには年間九十億円、トヨタの創業者豊田家二人の株式配当(二十二億円)の約四年分、今期のトヨタの営業利益(連結予想)六千億円のうちのわずかに1・5%を吐き出せばよいのです。また、御手洗会長のキヤノン関連の千七百人の雇用維持のためには、同社がため込んでいる剰余金三兆三千億円のわずかに0・1%を回せばすむのです(注1)。
財界・大企業に求められる長期的な視点
世界経済の趨勢(すうせい)は、今回の金融危機を契機に大きく変わろうとしています。
経営の目標を目先の利益におく米国流の株式資本主義への反省は、財界サイドからもあがりはじめています。たとえば武藤敏郎大和総研理事長は、こう述べています。
「日本はこれまで、米国を模範にやってきた」「しかしいま、お手本だった米国自体が変わろうとしている。日本も、米国に追随するだけの政策は変更を余儀なくされると思うが、まだギアチェンジができていない」。「欧州のように、公的部門が雇用や社会保障でそこそこ力を発揮するモデルに収斂(しゅうれん)していくような気がする」(注2)。 |
ここで武藤氏は、雇用や社会保障の公的な責任にしかふれていませんが、欧州モデルの基本的特徴は、雇用や社会保障にたいする「企業の社会的責任」を明確にしていることです。
派遣や期間労働者を切り捨てていくリストラは、短期的には企業利潤を増大させる効果があるかもしれません。しかしそれは、長期的にみれば、日本の労働力の供給条件そのものを掘り崩して、将来の労働生産性の低下、経済成長の低迷をもたらします。
目先の利益ばかり優先させる経営のあり方は、日本企業の発展のためにもなりません。
財界は、盛んに「少子高齢化による将来の労働力不足」を強調しますが、そうであればなおさら、企業の発展のためにも、労働力の維持・育成を経営戦略の基本にすえて、経営の厳しいときにも、歯を食いしばって雇用維持を最優先にすることが必要でしょう。
FRB(米連邦準備制度理事会)のグリーンスパン前議長は、その回顧録『波乱の時代』のペーパーバック版に新たに追加した「エピローグ」(今年六月執筆)のなかで、米国の経営者たちが“バブル的繁栄”の「ユーフォリア」におちいっていたので、金融危機を防ぐことができなかったなどと弁解しています。
ユーフォリアとは、景気循環の繁栄局面の頂点で、資本が陥る「陶酔境」の局面をさしています。ユーフォリアに入ると、資本は、自らの繁栄に目がくらんで、現実に累積している矛盾がみえなくなり、長期的な視点を見失ってしまいます。
ちょうど二年ほど前の本欄でも、財界の長期的な政策提言「御手洗ビジョン」をとりあげて、史上最高の利益が続くにつれ、日本の財界・大企業の経営者は、一種のユーフォリア状態におちいっている、労働者・国民の労働実態や生活実態の苦しみがまったく見えなくなっていると指摘したことがあります。
「ユーフォリアに落ち込んだ資本は、決して自ら目覚めることはありません」「ゆがんだ現実認識を変えさせることができるのは、労働者と国民のたたかいしかありません」(注3) |
すでに本紙が報じたように、いすゞ自動車では、解雇通告を受けた期間・派遣社員が立ち上がり、解雇撤回・正社員化を求めて、労働組合を結成しました(注4)。この勇気ある行動は、全国の非正規労働者を大きく励まし、たたかいが広がっています。
日本の財界・大企業の経営者よ、いいかげんユーフォリアから目を覚ませ。現実を直視して、日本の将来を見据えた経営をおこなえ。これは、国民の切実な声です。
(友寄英隆)
(注1)本紙十一月三十日付、十二月七日付。
(注2)「朝日」十一月七日付。
(注3)本紙二〇〇七年一月八日付。
(注4)本紙十二月四日付