2008年11月7日(金)「しんぶん赤旗」
経済時評
米国発の金融危機(6)
マルクス信用論、恐慌論の出番
米国の国民は、圧倒的な大差で新大統領にバラク・オバマ氏を選びました。
オバマ新政権が、行き詰まった米国の軍事、政治、経済を「チェンジ」することができるかどうか、とりわけ深刻な金融危機にどう立ち向かうか、この欄でも、随時、とりあげていきたいと思います。
そこで、「米国発の金融危機」の連続時評はとりあえず今回で締めくくることにして、最後に、マルクスの信用論、恐慌論の今日的な意義について述べておきましょう。
「両刃の剣」としての金融(信用)の発展
資本主義のもとでの金融(信用)制度は、現実資本の蓄積と再生産過程を基礎とし、その発展を促進する役割をはたします。それは、現実の再生産過程の急速な効率化、生産力の飛躍的な発展をもたらす重要な経済システムの一つですが、同時にそれは「両刃の剣」としての特徴を持っています。
マルクスは『資本論』第三巻で、金融(信用)制度の発展は「資本主義的生産の動力ばね」であると同時に、「他人の労働の搾取による致富を、もっとも純粋かつ巨大な賭博とペテンの制度にまで発展させ(る)」と述べ、こう指摘しています。
「それは、新たな金融貴族を、(中略)新種の寄生虫一族を再生産する。すなわち、会社の創立、株式発行、株式取引にかんするペテンと詐欺の全体制を再生産する」(注1) |
このように、金融には「両刃の剣」としての性格があるからこそ、金融の発展が暴走しないように、公正なルールと規制が絶対に必要になるわけです。
もう一つ、マルクスの信用論の基本について言えば、「カネがカネを生む」という金融の利益も、つきつめていけば、実体経済の場で現実資本が作り出す利潤(剰余価値)から転化したものであるということです。この原点を忘れて、信用が膨張し、金融が肥大化していくと、経済の基礎が壊れてしまいます。
マルクスの時代からみると、現代の資本主義は飛躍的に発展し、金融の条件も大きく変化しています。しかし、「資本主義的金融の二面的性格」や「実体経済と金融との関係」についてのマルクスの基本的視点は、今日でも生きているといえるでしょう。
今回の世界的な金融危機を引き起こした米国型「金融モデル」の暴走とその破たんは、マルクスの金融(信用)理論の意義をあらためて実証しています。
恐慌を理論探求と実態分析の両面から研究
マルクスは、十九世紀なかばの世界恐慌のなかで、労働者階級の運動の実践的な指針を提起するために、科学的な経済学の完成に全力を尽くしました。ちょうど一八五七年恐慌が勃発(ぼっぱつ)したときに、マルクスの経済学研究は大きなヤマ場を迎えていました。
マルクスは、エンゲルスなどへの手紙のなかで、次のように書き送っています。
「僕は猛烈に勉強している。たいてい朝の四時までやっている。というのは、仕事は二重のものだからだ。(1)経済学の要綱の仕上げ。…(2)現在の恐慌。これについては…ただ記録をとるだけだが、これにひどく時間がかかるのだ」(一八五七年十二月十八日、エンゲルスへの手紙)(注2) 「現在の恐慌は、僕を駆り立てて、今度こそは僕の経済学の要綱の仕上げに真剣に没頭させ、また現在の恐慌についてもなにかを準備させることになった」(一八五七年十二月二十一日、ラサールへの手紙)(注3) |
これらの手紙からわかるように、マルクスは当時の恐慌にたいし、理論探求と実態分析の両面から、「猛烈に」「朝の四時まで」取り組みました。そして、こうした研究の結果、資本主義では商品の購買と販売が分離して「恐慌の可能性」が生まれること、資本のあくなき利潤追求と資本蓄積によって「生産と消費の矛盾」が累積し、その矛盾が周期的に爆発して恐慌が必然的に起こることを解明しました。
マルクスは「恐慌論」というタイトルの書物を書くことはできませんでした。しかし、『資本論』をはじめとする膨大な文献のなかで、恐慌の基本的理論を残しました。
※ ※ ※
十九世紀のマルクスの時代から二十一世紀の今日まで、資本主義は大きく変化・発展してきました。マルクスの時代には、飛行機やラジオ、テレビはありませんでした。コンピューターもインターネットも携帯電話もありませんでした。
しかし、マルクスが生涯をかけて体系化した貨幣・信用論や恐慌論は、資本主義の基本的な法則を解明したものとして、現代資本主義のもとでも、その根底を貫いています。
世界的な金融危機が発展し、世界的な恐慌の懸念が広がりつつあるいま、マルクスの理論的遺産を徹底的に吸収するとともに、マルクスがしたように、現代の金融危機と恐慌の理論的・実態的研究に正面から取り組むことが求められています。それは、この矛盾に満ちた世界を変革するために、二十一世紀に生きるわれわれにとって、避けてとおれない理論的課題です。(友寄英隆)
(「米国発の金融危機」(1)「なぜ危機が起こったのか」十月八日付、(2)「『基軸通貨』ドルはどこへ行く」同十六日付、(3)「迫る恐慌の性格・対応策」同二十一日付、(4)「金融再生と『日本の経験』」同二十八日付、(5)「『株価資本主義』の敗北宣言」十一月一日付、(6)「マルクス信用論、恐慌論の出番」本日付) |
(注1)『資本論』新日本新書(10)、七六〇ページ。
(注2)(注3)大月書店『資本論書簡』(1)、二二三ページ、二二五ページ。
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