2008年10月20日(月)「しんぶん赤旗」

4つのノーベル賞と日本の科学・技術の未来

学問 じっくり育てて

先細る基礎研究への投資

総合研究大学院大学教授 池内 了さん


 南部、小林、益川の三氏のノーベル物理学賞、下村氏の化学賞のそれぞれの受賞でわが国の基礎研究の水準の高さと、重要な役割にあらためて光があてられました。しかし、足元の基礎研究をめぐる状況はどうでしょうか。総合研究大学院大学教授の池内了さんに寄稿してもらいました。(グラフとその説明は編集局)


写真

(写真)いけうち・さとる 1944年生まれ。専門は宇宙論、科学・技術・社会論など。著書に『科学者心得帳』『禁断の科学』ほか。

 本年のノーベル物理学賞が南部陽一郎、小林誠、益川敏英の三氏に、化学賞が下村脩氏に授与されることになった。日本の基礎科学の実力が世界一流であることが示されて喜ばしいことである。特に、科学を目指す若い人への励ましになれば、先輩からのこの上ない贈り物になるだろう。

 しかし、科学の現状を見るにつれ、喜んでばかりいられない気分になる。

光当たる分野

 日本は「科学技術創造立国」の旗を立てて科学技術振興のために大盤振る舞いをしており、第三期に入った科学技術基本計画では五年間で二十五兆円を投資することになっている(これとてもアメリカや中国の予算に比べれば少ないのだが)。日本の未来は科学技術の底上げが必要とばかり、緊縮予算が続く中での異例の措置なのである。

 とはいえ、この基本計画の重点分野が情報技術・生命技術・新素材・環境とあるように、応用的な技術に偏っており、現在光が当たっている分野ばかりである。目先の利益しか考えられていないのだ。その煽(あお)りを食って、長期の視野に立つ基礎科学への投資が先細りという現状にある。

 研究の主体を担う国立大学では、二〇〇四年の法人化以来、経常研究費に充てるべき運営費交付金は年々減らされ、累計で5%減になった。人件費と教育費は削ることができないから、研究費に回る分には雀(すずめ)の涙ほどでしかない。日常の研究の遂行に困難を来す事態になっているのだ。

 削減分は「競争的資金」に回され、文部科学省が募集する予算に応募しなければならない。その結果、大学教員は論文を量産することに追われるようになった。研究論文という業績がなければ予算が獲得できず、研究が続行できなくなるからだ。「論文を書くか、さもなくば破滅」という事態が現実に進行しているのである。このような事態が続けば、大きな構想を時間をかけて花開かせる研究が立ち枯れていくことは目に見えている。

経済論理優先

 さらに、企業などからの外部資金が獲得でき、特許が取れる研究、つまり「役に立つ」研究が大学に求められるようになった。大学に経済論理が持ち込まれているのだ。それによって、文化にのみ寄与する地味な分野や、すぐに役に立つわけではない基礎科学分野はわきに追いやられ衰亡し始めている。基礎的な科学が豊かな土壌を作り、その上に応用分野の花が咲くことが忘れられ、ひたすら短期的な成果のみが求められているのだ。

 いずれも国の科学技術政策がもたらした歪(ゆが)みである。金を投じていることが、むしろ研究を貧しくさせているのは皮肉なことと言えよう。五十年で三十人のノーベル賞獲得という目標を掲げているが、このような状況が続くと、それは夢のまた夢となってしまうだろう。

 本年のノーベル賞の業績は一九六〇―七〇年代になされたこと、好奇心からの基礎的な研究であること、この二点を忘れるべきではない。六〇―七〇年代は、まだ大学は貧しかったが(そのため南部・下村両氏は渡米されたのだが)、自由な雰囲気と基礎研究を重んじる気風があった。少ないが研究を持続できる経常研究費もあったのだ。その過去の遺産が今脚光を浴びているのであって、現在の科学技術政策がもたらしたものではない。

 もうそろそろ役に立つことばかり求めず、じっくり学問を育てることに政策転換すべきではないだろうか。このままの状態が続けば国の科学力は衰えるばかりであり、気づいたときは取り返すことが不可能になっているかもしれない。


基礎研究費 日本は最低

 『科学技術白書』(2007年版)によると、主要国の研究費の性格を比較しています。民間の研究を含むものの、研究費総額に占める基礎研究の割合は日本は最低です。白書も「我が国は基礎研究の割合が低い」と書いています。

グラフ

大学の予算 毎年削減

 国立大学の運営費交付金(08年度、1兆1813億円)は、教員数などに応じて国から支給されており、教職員の人件費や光熱費はじめ教育・研究の基盤的経費を含んでいます。2004年の法人化以降、毎年削減され、削減額の総額は602億円にのぼります。私立大学も国庫助成を毎年削減されています。さらに自公政権は、来年度の交付金を3%削減しようとしています。

グラフ

貧困な高等教育への公的支出

 日本の高等教育にたいする公的支出は貧困です。GDP(国内総生産)比で欧米の半分しかお金を出していません。

グラフ

雇用・収入 劣悪な若手研究者

 ノーベル物理学賞の対象は小林、益川両氏の場合、二十代、三十代の業績。研究者として歩み始めたころです。今の若手研究者の状況はどうでしょう。

 たとえば理工系で博士号取得者は年間五千五百人で、研究職などに就ける人は千五百人に過ぎません。政府が一九九〇年以来、「大学院生の倍増」政策をすすめたものの、教員の人員増や大学・研究機関の予算の抜本的拡充など大学院生の急増にみあう、当然の施策をしてこなかったためです。非常勤講師や、一年から五年の短期契約の研究者「ポストドクター(ポスドク)」など短期雇用の職につくことを余儀なくされ、最近では博士課程への進学者が減少する事態です。

 ポスドクは現在約一万六千人にものぼります。十月の文科省調査(一千六百人)によると、平均年齢は三十三歳で、職名は「特別研究員」「博士研究員」など百種類を超えるほど多様な雇用形態。非常勤が42%で、月給の平均額は税込みで三十万六千円。二十万円未満が13%、十万円未満も6%いました。

 国立教育政策研究所の理系高学歴者の調査では、ポストドクターは「将来の見通し」に対する強い不安感から、調査対象の約一割強に抑うつ状態が認められ、メンタル面への支援が必要と指摘しています。

グラフ

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