2008年6月25日(水)「しんぶん赤旗」
米兵職場飲酒「公務」
解禁文書が語る 屈辱合意
職場で飲酒した米兵が帰宅途中に交通事故を起こしても、それは「公務中」の事故であり、日本側は裁くことができない―。日米両政府が一九五六年にこうした屈辱的な合意を交わしていたことが、米政府解禁文書などで判明しました(本紙十七日付既報)。文書は、国際問題研究者の新原昭治氏が入手したもの。その内容と意味は―。(榎本好孝)
日米地位協定は、日本に駐留する米軍人と軍属が「公務中」に犯した罪について、第一次裁判権が米軍当局にあると定めています(一七条三項a)。被害者が日本人であっても日本側で犯人を裁くことができないという主権侵害の規定です。
定義あいまい
地位協定の締結交渉過程での日米の了解事項をまとめた合意議事録は、「公務中」に当たるかどうかを決定するには、米軍指揮官が発行する「公務証明書」が十分な証拠資料になると規定。日米の協議機関である合同委員会の合意では、「公務」の定義について、「法令、規則、上官の命令又は軍慣習によって、要求され又は権限ず(ママ)けられるすべての任務若(も)しくは役務を指す」としています。
こうしたあいまいな定義は、「公務中」かどうかについて米側による恣意(しい)的な決定を可能にします。米側が「公務証明書」を発行しさえすれば、日本側から裁判権を奪うことができる仕組みです。
今回明らかになった五六年の日米の秘密合意は「公務」の範囲を不当に大きく広げるものです。
新原氏が入手した「日米地位協定・・刑事裁判権」と題する在日米大使館の秘密電報(七〇年二月二十八日付)によると、日本政府は五五年、米軍関係者が「社交上の催事」から帰宅途中などに起こした四件の交通事故(日本人四人が死傷)で、米側が出した「公務証明書」に異を唱えます。
ところが協議の末、五六年三月二十八日の日米合同委員会で合意されたのは、米軍人らの宿舎や住居と勤務場所との往復行為が「公務」に含まれるということでした。しかも「公の催事」でなら飲酒をしても、その往復行為は「公務」の性格を失わないとされました。
つまり「公の催事」で飲酒をし、帰宅途中などに事件・事故を起こしても、それは「公務中」とされ、日本側には犯人を裁く第一次の権利はないということです。
「催事」以外も
法務省刑事局が作成した「秘」指定の資料(七二年三月)によると、五六年四月十一日に当時の刑事局長が検事総長らにあてた通達で、今後の事件処理は同合意に沿って行うよう指示。通達には参照として、日米合同委員会の刑事裁判権分科委員会が五五年十一月二十一日に開いた会議の公式議事録(別項)も添付しました。
それによると、(1)「公の催事」以外で飲酒し帰宅途中に交通事故を起こしても、飲酒が車の運転の判断力をそこなわないものであれば「公務」の性格は失わない(2)将校が要求されて出席する「社交上の催事」は「公務」として認める―などの趣旨で合意しています。
七〇年二月の秘密電報は、合意後に起きた事故で日本側から照会があったものについて、「いつも米側に有利に処理された」と述べています。
今回明らかになった合意については、「国民を欺くに等しい行為だ」(琉球新報十七日付社説)との強い批判が上がっています。同社説は「米側の恣意的な裁判権運用を認める日本政府は、その姿勢を改め、地位協定の抜本的な改定を強く主張するべき」だとしています。
刑事裁判権分科委の公式議事録(要旨)
(米)合衆国軍隊の構成員又は軍属が、正規の勤務日における勤務中に飲酒したとしても、単に飲酒したということだけでは必ずしも公務の性格を失うものではない。しかし、公の催事以外で飲酒した後、勤務の場所から宿舎又は住居に帰る途中で交通事故を起こした場合において、その飲酒が、自動車を運転する場合における判断力を、感じられる程度にそこなわしめるに足りるものであったときは、その公務の性格は失われる。
(日)然り。
(日)日本側としては、「公の催事」という用語は非常に狭く解釈されるべきであるということを強調したい。しかし、公の、且つ、社交上の慣習により、一定の将校又は軍属が、一定の社交上の催事に出席することが、実際上要求されることがあることは認める。軍慣習によって、右のような出席が要求される場合には、このような催事を公務と認めることにやぶさかではない。
(米)当方の考え方では、寄り道も許されることになっている。例えば、勤務の場所から住居に帰る途中で、販売所、PX(売店)、ガソリンステーションに立ち寄り、もしくは洗濯物、ドライクリーニングした物を受け取るために停車する場合、公務の性格を奪うに足りる寄り道であると日本側は考えるか。
(日)いかなる寄り道も認めたくない。しかしながら、寄り道が行われたかどうかについては、個々のケースごとに考究することに同意する。
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