2008年5月19日(月)「しんぶん赤旗」
経済時評
英ファンドとJパワーの攻防
「Jパワー」という会社は、あまりなじみがないかもしれません。正式名称は「電源開発株式会社」で、水力、火力、原子力などの発電所や基幹送電線を建設・運用している電力卸会社です。かつては資本金の三分の二を国が所有する特殊会社でしたが、財界の要求で小泉内閣のとき、二〇〇四年に完全民営化されました。
株の上場とともに外国人投資が増え、外国人保有が37%(〇八年)を占め、筆頭株主の投資ファンドがさらに大量買い増しを計画したために、政府を巻き込む攻防に発展しました。
この問題は、はからずも現在の自公政府の長期エネルギー政策、電気事業政策の深刻な矛盾をも、あかるみに出すことになりました。
外為法27条による初の「中止命令」の発動
ことの発端は、今年一月に、英国系投資ファンドのTCI(注1)が、Jパワー株を現有の9・9%から上限20%まで買い増す計画を事前届け出したことでした。
これにたいし、財務省、経済産業省が「公の秩序の維持」を理由に、TCIに計画の中止を勧告。しかし、TCIは勧告を拒否する弁明書を出し、あくまでも計画を撤回しない構えをみせたので、今月十三日に、最終的に財務省、経産省が中止命令を出しました。
財務省、経産省が中止命令を発動した法的根拠は、外国為替及び外国貿易法です。同法第二七条では、外国投資家の対内直接投資は、「国の安全を損ない、公の秩序の維持を妨げ」たりするおそれがあるときは事前届出の義務があり、所管大臣は中止の勧告、命令を出すことができると定めています。
外為法の発動による外資規制は初めてのことなので、四月の中止勧告いらい、国の内外でいっせいに論議が起こりました。
海外の経済紙誌は、日本政府をきびしく批判する社説や論評をかかげました。たとえば、「自由主義経済を否定するもの」(米ウォール・ストリート・ジャーナル紙)、「Jパワー株は国の安全とは無関係」(英フィナンシャル・タイムズ紙)、「資本鎖国は世界から見捨てられる」(米ニューズウィーク誌)などの論調です。
国内のメディアの社説は、二つに分かれました。政府支持派は、「妥当なTCIへの政府勧告」(「読売」社説)、「中止勧告は妥当な判断だ」(「産経」主張)などと論じ、疑問提起派は、「これで公益が守れるか」(「朝日」社説)、「英ファンド拒否に議論は尽くされたか」(「日経」社説)などと論じました。
黒く塗り隠された「投資ファンド」の実態
一般的にいえば、「国の安全」などにかかわる場合に、企業買収や外資の参入を政府が規制することは海外でもおこなっており、経済主権の行使として認められています。
たとえばアメリカでは、国防生産法のエクソン・フロリオ条項によって、安全保障(エネルギーなども含む)にかかわる企業買収などを厳しく禁止しています。三年前に中国海洋石油(CNOOC)が米国ユノカル社の買収を提案したさいは、結局、包括エネルギー法案のなかに買収阻止条項を盛り込んで断念させたのは記憶に新しいところです。
ただ、今回のTCIのJパワー株買い増し計画の特徴は、TCI側がJパワーの経営支配は求めない、原発など経営にかかわる議決権も行使しないと再三再四、言明してきたことです。TCIが「日経」紙に掲載した「Jパワー株主の皆様へ」という公告(四月二十八日付)でも、株式配当の引き上げ(一株当たり六十円から百二十円へ)など、もっぱら利益の株主配分の増大を強調しています。
しかし、相手は投機的な活動を得意とする投資ファンドです。実態はなかなかつかめません。実際に、経産省のホームページに掲載されている「中止勧告書」(注2)をみて、あぜんとしました。全文二十一ページのうち、(1)TCIファンドの概要、(2)TCIファンドの投資家、(3)TCIファンドの投資顧問、(4)TCIファンドの投資方針など、実に五ページにわたって、黒々と塗り隠されているからです。
同HPには、(注)として、「本勧告文中、黒塗りの箇所には、TCIファンドの機密情報が含まれる箇所であり、公表を差し控える」とあります。経産省に問い合わせると、公表してよいとのTCIの同意が得られないため、情報公開法上も守秘義務に縛られるのだという答えでした。
問われているのは、「市場原理」「原発依存」の長期エネルギー政策の破たん
今回のJパワー株をめぐるTCIと政府との攻防は、日本の長期エネルギー政策のゆがみと破たんをさらけ出しました。
現在の日本の電気事業は、二〇〇二年六月に制定されたエネルギー政策基本法にもとづいています。同法は、「安定供給の確保」、「環境への適合」、「市場原理の活用」の三つを基本方針としており、電気事業も「自由化」の推進を当面最大の重点課題にしています。
従来の公益事業としての電気事業を抜本的に規制緩和し、Jパワー(J・Power)などと、外人投資家を意識した呼称に切り替えたりもしました。こうした「市場原理の活用」の結果が、海外の投資ファンドによる大量株取得の条件を広げてきたといえるでしょう。
ちなみに欧州諸国の場合は、主要な電力事業や送電事業は公的な管理のもとにあるので、外資の入る条件はほとんどありません。
世界は、国家戦略として脱原発の方向に向かっているのに、日本政府のエネルギー政策は、あいかわらず民間まかせの原発の新増設にたよっているため、地球温暖化ガスの削減に不可欠な自然エネルギーの開発やエネルギー利用の見直しはきわめて不十分なままです。
今回の英投資ファンドのJパワー株買い増し問題は、日本の長期エネルギー政策の抜本的見直しを迫っているともいえます。(友寄英隆)
(注1)TCI(ザ・チルドレンズ・インベストメント・ファンド)は二〇〇三年に設立された英国系ファンド。運用資金は百億ドルといわれ、運用益の一部を発展途上国の子ども救済に寄付しており、「チルドレンズ」のファンド名を付けている。
(注2)
http://www.meti.go.jp/press/20080513001/06_04.pdf